「和顔愛語」とは、「和顔悦色施」と「言辞施」の布施行のこと。今日は「言辞施」について、浄土真宗親鸞会の方から聞いたお話を紹介しましょう。
ある年配の女性が、年末の忙しい時期、自転車で駅のスーパーに出かけたそうです。いっぱいになった買い物袋を、自転車の前のかごに乗せて、さぁ出発!と思いきや、こぎ始めた途端、バランスを崩して隣の自転車に倒れてかかってしまった。
思わず「助けて!」と叫ぶと、後ろから、「助けるよ!」という大きな声。すると、3人の男子中学生が駆け寄ってきて、荷物を拾い、外まで出してくれた。その年配の女性は、「助けるよ!」の言葉が、頭から離れなくて、今も、その言葉を思い出すたび、大きな幸せに包まれるのだそうです。「助けるよ」の一言が、どんなに頼もしく感じられたことでしょう。数えればたった4字の言葉でも、まさに和顔愛語の布施行ですよね。
この話を聞いて、ツルゲーネフのことを思い出しました。ツルゲーネフとは、ロシアの文豪。まだ貧しかった時のこと、訪れた乞食に何ひとつ与えるものがなかった彼は、「すまない」の念い一杯から、玄関へ飛び出してゆき、乞食の手を握り締め、「兄弟!」と涙ぐんだといいます。あとで、乞食は「あんなうれしいものをもらったことは生涯なかった」と言ったそうです。たとえお金や物がなくとも、心のこもった一言が、相手に大きな幸せを与えることになるのですね。
相手の心に入って、相手がいちばんほっとする、心安らぐ言葉をかけられたら、どんなに幸せなことでしょう。和顔愛語、心がけていきたいと思います。
和顔愛語 ~「幸せ」に包まれる言葉~
Posted by まなみ | Under 和顔愛語とは, 和顔愛語にまつわるお話 木曜日 2月 11, 2010和顔愛語 ☆ ~不美人でも笑顔がいい~
Posted by まなみ | Under 和顔愛語 その他いろいろ, 和顔愛語にまつわるお話 金曜日 1月 15, 2010
皆さん、こんにちは☆あらたな年を迎え、すこし趣きも変えてお届けしたいと思います。和顔愛語 (わげんあいご) について紹介していますね。
今日は勝間和代さんの『結局、女はキレイが勝ち』という本から、一節をご紹介しましょう。(ここでいわれる 「キレイ」とは外見の美しさだけではない、内面もキレイであることを指しています)
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「美人の不満顔より不美人でも笑顔がいい」
メイクに凝ったり、エステに通ったりするのもいいですが、もっと安上がりで効果的なキレイになる方法があります。それは笑顔を磨くことです。言葉は悪いのですが、美人の不満顔よりブスの笑顔のほうが、100倍魅力があるのです。
どんなに見かけにお金をかけても、笑顔が出ない人に他人は心を開いてくれません。(略)笑いかけたら、相手も笑顔で返してくれますから、コミュニケーションもとてもスムーズになるのです。
笑顔でいることのメリットは、笑うことで自分の気持ちも楽しくなるということです。楽しいから笑うのではなく、笑うと楽しくなるというメカニズムが人間にはあるのです。
笑えば体にいい脳内ホルモンもたくさん出るし、笑いはいろいろなことを解決してくれます。ですからたくさん笑いましょう。
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親鸞会の友人から「べっぴんも笑顔忘れりゃ5割引」と聞いたことがあり、これも忘れられない言葉です。美人でかつ笑顔が素敵だったら文句なしですが、「美人の不満顔よりブスの笑顔のほうが、100倍魅力がある」って勇気がでてきますね(笑)。でもたしかにそうだと思います。笑えば、自分の気持ちも明るくなる。周りの人も、気持ちがいい。まさに自利利他ですね。身体にもいい影響があるとのこと。ストレス社会といわれますが、1日1回笑うことが、やはり健康にもよいそうです。「呼べば呼ぶ 呼ばねば呼ばぬ山彦ぞ まず笑顔せよ みな笑顔する」。ニッコリ和顔愛語、今年も心がけてゆきたいと思います。
和顔愛語で ガラッと変わる!
Posted by まなみ | Under 未分類 水曜日 12月 23, 2009笑顔や優しい言葉で、人に幸せを届けることができる。お金はなくても、気持ちさえあれば、どれだけでも実践できる。この心掛けを仏教では、「和顔愛語」と教えられています。
今回は、この「和顔愛語」で、相手も自分も、ともに幸せになれることを実感したという親鸞会会員の大学2年生のYさんを紹介しましょう。
以下は、Yさんからのお便りです。
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私は、2年生のころ、仏法を聞かせていただくまで、生きることに喜びを感じられず、「なんでこんな家に生まれたんだろう。。もっと違う家に生まれていれば……」と愚痴ばかり思っていました。「~してもらって当たり前」という気持ちが強く、全く親に対して感謝の気持ちを持とうとしていませんでした。当然、親子の関係は、うまくいっているとはとても言えない状態でした。
しかし、仏法を聞かせていただくようになり、親のご恩を聞かせていただいて、なんとかこの状況から抜け出したいと思い、仏教で勧められている親孝行をキチンと「実行」してみようと思ったのです。
まず、「肩もみ、風呂掃除、玄関の掃除、トイレ掃除、やさしい言葉をかける(和顔愛語)」というリストを作り、それを毎日実行するようにしました。
いざ実行してみると以外に大変で、私のために親はこんなに苦労していたのか、とふつふつと今まで起きなかった熱い、感謝の気持ちがわいてくるのを感じました。親のご恩を感じ、とても幸せな気持ちになりました。
毎日、労をねぎらう優しい言葉をかけながら、母に肩もみをしていたら、ある日、母の態度がガラリと変わったのです。
いつもニコニコして、「大好きだよ」といってくれるようになりました。
それまでは、いつもイライラしていて恐いイメージの母でした。これが本当のお母さんだったのか!と初めて知りました。私が心を閉ざしていたから、母も心を閉ざしていたのだと思います。今は本当に優しくて、私も母のことが大好きです。
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体にかけて実行してみないと、分からないことがいろいろありますね。
和顔愛語もその一つ。
幸せになれるかどうか、考える前にやってみましょう!
きっと何かが変わるはず☆
美人10割増しになる方法☆
Posted by まなみ | Under 和顔愛語 その他いろいろ, 和顔愛語にまつわるお話 金曜日 11月 13, 2009「言葉の乱れは思想の乱れ。思想の乱れは社会の乱れ」。こんな言葉、聞いたことありますか?言葉遣いの乱れが甚だしいと深く憂慮される方があり、その方から言葉遣いについて学ばせていただく機会がありました。
そこで高森顕徹先生著『光に向かって 心地よい果実』のこんなお話が紹介されました。
和顔愛語にもつうじることと思いますので、皆さんにも紹介しましょう。
■さわやかな返事
テレビの料理番組に出た、女性アシスタントの歯切れの良い返事に聞き惚れた。
「ううん」「はああ」は論外。普通の「ハイ」は、誰もがする。
同じ「ハイ」でも、すがすがしい『ハイッ!』の返事で彼女は二十五分、貫いた。
録画も忘れて、聞き惚れていた。
「はいはいはい……(繰り返し)」や、「はあ~い」では、他人をバカにしている。
女性の笑顔は、何よりも美しく見せるが、返事が良ければ、一段と輝く。
『べっぴんも 笑顔忘れりゃ 五割引き』だが、返事良ければ十割増し、となろう。
人間関係が、グッと良くなり、多くの人に好かれ、愛され、得をすること間違いなしだ。
実行しよう。
歯切れのよい「ハイ」の返事。心から気持ちよく「ハイ」といつも返事できる人間でありたいですね。しかも、「女性の笑顔は、何よりも美しく見せるが、返事がよければ一段と輝く」。和顔愛語+清々しい「ハイ」の返事→べっぴん「十割増し」になるのですって。これは実行しなければ(笑)
「人」という字は、人と人とが支えあってできているんだよ、とはよく聞きますが、1人で生きていくことはできません。いろいろな人との関係の中で、生かされている私があります。その時、良好な関係を保ち続け、気持ちよく日常生活を送り、一致団結して物事を成し遂げていくには、言葉遣い、和顔愛語ってとっても大事ですよね。ましてや、親鸞聖人のみ教えをお伝えしていく時には、なおさらです。「言葉遣い」に意識して、気をつけて毎日を送っていきたいと思います。
和顔愛語は元気の源!
Posted by まなみ | Under 和顔愛語にまつわるお話 月曜日 10月 12, 2009和顔愛語というのは、笑顔と優しい言葉という意味で、仏教で教えられる布施行です。親鸞会の会員に、守川さんという小学校の先生をサポートする仕事をしている知り合いがいるのですが、現場で明るく元気な挨拶と子供たちに優しい言葉をかけることを心がけているそうです。彼から先日、こんな話を聞きました。
「今の子供は挨拶をしない・・・」とよく言われますが、こちらから笑顔で「おはよう」と声をかけ続けていくと、子供たちは恥ずかしながらも少しずつ「おはよう」と返すようになります。この和顔愛語の法則を歌ったものに、「呼べば呼ぶ 呼ばねば呼ばぬ 山彦ぞ まず笑顔せよ みな笑顔する」という歌がありますが、本当にそうだなぁとしみじみ感じています。また色々と手伝ってくれる子供たちに、「ありがとう。○○さんは優しいね」とか「手伝ってくれて、とても嬉しかったよ」など優しい言葉をかけていくと、子供の顔が和んでいくのを実感します。今年の3月、卒業式を控えたある日、1年半一緒に過ごした子供達からメッセージカードのプレゼントがあり、その中にこんなメッセージがありました。
『守川先生へ
僕が挨拶した時に、守川先生はいつも「おはよう」と返事をしてくれてありがとうございました。僕は先生の元気な返事のおかげで一日元気に過ごせました。挨拶をすると元気になるというのは聞いたことがあったけれど、実際に体験したのは初めてでした。守川先生のおかげでこんな体験ができたので感謝しています。守川先生は謝恩会の時に、僕たちに勇気づけられたって言ってたけど、何度も慰めてもらったし、あいさつなどで元気をもらったりしたので、勇気づけられたのはこっちの方だと思います。これからもそんなふうに人を元気にしたり助けたりできる人でいてください』
こんなメッセージが28人分あり、今も守川さんを励ましてくれるのだそうです。仏教を知らされ、和顔愛語という素晴らしい布施行を知らされたことを感謝していると言っていました。「呼べば呼ぶ 呼ばねば呼ばぬ 山彦ぞ まず笑顔せよ みな笑顔する」。まずは自分自身から実践し、笑顔で幸せを届けたいですね☆
和顔愛語 -笑顔は幸せへのパスポートー
Posted by まなみ | Under 仏教でいう和顔愛語, 和顔愛語にまつわるお話 日曜日 9月 13, 2009和顔愛語について、続けて紹介しています。仏教を説かれたお釈迦さまは、いろいろな善い行いを六つにまとめて、「六度万行」と教えられました。その筆頭が「布施」(親切)。これは、物質的なものを施して人を助け喜ばせる「財施」と、仏法を伝える「法施」に分けられます。和顔愛語とは、たとえお金や物を持たない人でも、笑顔(和顔)や優しいいたわりの言葉(愛語)を施すことで、これも立派な布施行なのだ、と仏教で教えられています。
「和顔愛語」と聞いて思い出すのが、よく行くスーパーでレジをしている女性、Dさんです。その方はいつも、「いらっしゃいませ~」「○円のお返しです」「ありがとうございました」と笑顔で、可愛らしい声で言ってくださるのです。感じのいい方だな、素敵だな、見習わなければといつも思います。どんな人にとっても「人生は苦なり」。日常の出来事は、放っておけば苦虫つぶしたような顔になることばかりではないでしょうか。それでもいつもDさんが笑顔でやさしい雰囲気なのは、笑顔絶やさず、気持ちよくお客さんと接しようと、常に心がけておられるのだと思います。
また、この笑顔と優しい言葉で、大事な運命が決まることもあるのです。ある富豪の老婆が、レストランへ出かけた時のこと。ウェートレスがお膳を持って、〝お待たせしました〟と言って、お膳をお客さんの前に据え、さらに〝どうぞ!〟と軽くほほ笑んでみせたのだそうです。その笑顔は決して卑しい媚ではなく、本当に女らしい愛嬌だった。老婆は、『大抵なら、〝お待せしました〟と言って、ただそこに置いて行くだけなのに、その人は、〝どうぞ!〟と言ってチャンと前へ据え直してくれた、〝どうぞ!〟の一言と、そのほほ笑みに、すっかり惚れ込んでしまった』と言って、ウェートレスの女性を見初めたのだといいます。
笑顔の素敵な人は、性を問わず、惹かれてしまいます。心からの笑顔はうつくしいし、気持ちが安らぎます。笑顔に出会うと幸せになれますよね。「笑顔は幸せへのパスポート」というキャッチコピーを見たこともありますよ。さぁ和顔愛語を実践して、幸せを届けましょう
和顔愛語-いじめに対する試み
Posted by まなみ | Under 和顔愛語 その他いろいろ, 和顔愛語にまつわるお話 水曜日 7月 8, 2009今回の和顔愛語は、いじめに関係があるお話です。ある大学の教育心理学の研究グループが、以前興味深い研究をしていました。小・中学校のクラスの中で、お互いを褒め合うメッセージを交換するというもの。
以下、小学5年のクラスでの実話です。一郎君(仮名)は、クラスのいじめっ子。ちょうどその頃、クラスの優子ちゃん(仮名)がいじめの対象になっていました。学力が低く、上手に言葉が言えないチック症の彼女に対し、いじめや差別がクラスで広がろうとしていました。
そんな時に実験はスタート。相手をほめるカードを定期的に交換することにしたそうです。 「一郎君は、クラスのムードメーカーです。がんばれ!」 一郎君はとても嬉しそう。そのうちに一郎君に変化が見られ、どんどん乱暴な言葉遣いが減ってきたそうです。一方、優子ちゃんも、「最近頑張って授業中に手をあげているね」などという、励ましのカードをもらったり、自分も積極的にカードを書くうちに、自分の言葉でちゃんと意志を伝えられるようになり、チック症が改善したということです。
これはまさに、浄土真宗親鸞会で教わった「和顔愛語」だと私は思いました。相手を傷つけるような言葉より、あたたかく愛情に満ちた言葉を発した方が、お互いの人間関係を良くするということが、実際に証明されたと思います。
いじめが原因で自殺を選ぶ人は毎年増えています。人が死んだらどうなるでしょう?残された人たちは絶望の淵に立たされます。「和顔愛語」は決して簡単なことではないかもしれませんが、これで命を救うことだって可能なのです。
和顔愛語-何のために生きるのか
Posted by まなみ | Under 和顔愛語 その他いろいろ, 和顔愛語にまつわるお話 火曜日 6月 9, 2009最近、写経や坐禅が若い人の間でブームのようですね。でも若い人がお寺に訪れるのは、ブームだけが理由ではないようです。最近の若者は「なぜ生きるのか、何のために生きるのか」悩んでいるようなのです。私も、同様に悩んだ時期がありましたので、このニュースをみて複雑な気持ちになりました。
私たちは必ず何かを信じて生きています。「信じる」を言い換えれば、頼りにしたり、あてにすることを言います。妻は夫を、夫は妻を信じ、親は子供を頼りにし、子供は親をあてにして生きています。その他にも色々あります。自分の身体や命もそうですし、財産や名誉、社会的地位など、必ず人は何かをあてにして暮らしています。だから生きるということは信じること。神や仏を信ずることだけが信心ではありません。
しかし私たちは、ただ生きるのではなく、幸福を求めて生きています。苦しみや悩みはなぜ生まれるかというと、信じていたものに裏切られた時に起きてくるのです。夫を信じ切っていた妻が、夫に裏切られたり、健康な人が病気にかかり健康に裏切られたりするから苦しみます。それが深く信じていればいる程、裏切られた時の苦悩や悲しみ、怒りは大きくなってしまいます。
結論から言うと、裏切らない、変化しないものというのはこの世にはありません。つまらないことで裏切られたと嘆き悲しむのは、ちょっと馬鹿らしく思えますよね。これは浄土真宗親鸞会で私が学んだことです。それなら明るく生きていきませんか?
これに気付くことがもしかすると和顔愛語の第一歩かもしれませんね。
和顔愛語を挨拶から始めよう
Posted by まなみ | Under 和顔愛語で話そう!, 和顔愛語とは 日曜日 5月 10, 2009あなたが考える、「和顔愛語」とはどのようなものですか?
和顔愛語といえば、はじめて浄土真宗親鸞会の人たちとお話をした時に、やわらかな笑顔と言葉をかけてくれて感動したことを思い出します。そしてまた、わたしにとっての和顔愛語は、まずは家庭からだと思っています。一番身近で実践できる和顔愛語は家族だと思いませんか?
でも、毎日顔を合わせるような近い間柄ほど、笑顔で接するなって照れてしまい、ちょっと恥ずかしくって実行できないなぁなんて思ったりするかもしれませんね。私もはじめそうだったのでよくわかります。
でも、この和顔愛語はご両親であるお父さんやお母さんが始めに実践し、自分の子どもに対し和顔愛語を示してやることが本来は一番スムーズなやり方ではないかなぁと思っています。お父さんとお母さんが実践していることで、それを見て育つ子どもにはきっと心に通うと思うのです。親の和顔愛語は家族みんなの心を和らげ、そしてそれが「思いやり」に繋がると私は考えています。
すぐにやさしい言葉をかけたり笑顔を見せることが実践できるかと言われたら、難しいかもしれません。でもその努力をすることにこそ意味があると思います。
まずは日常の挨拶から始めてみませんか。「おはよう」「ただいま」「おやすみなさい」「ありがとう」など、日常の会話の中での和顔愛語にこそ、人間関係を和やかにする力があると思います。親子や夫婦の親密さから心のきずなが結ばれ、生きがいを見出せるのではないでしょうか。
和顔愛語-人間性は言葉に表れる
Posted by まなみ | Under 和顔愛語で話そう!, 和顔愛語とは 日曜日 4月 12, 2009和顔愛語、今回は、言葉について考えて見たいと思います。言葉は自分の意思や感情を相手に伝えるための手段として用いられますね。言葉があるおかげで、わたしたちは他人とコミュニケーションが取れます。
また言葉は、その言葉を発する人の人柄や、人間性をも表します。初対面だったり、電話で顔が見えなかったりしても、その言葉や話し振りから、その人の人間性までをも感じ取ることができます。
これはつまり、私たちが何気なく話している言葉が、「自分はこんな人間ですよ」と世間に対して公表しているようなものだということを表しています。人は顔や形がみんな違うように、心も考え方も違います。言葉や話し方は、その心の在り方を端的に表します。知識や教養、色々な体験などの全てがその人の人間性を形成し、それが話し方に影響するのです。
修行に耐えて人生を極めている高僧の法話を聞けば、深い感動を受けますよね。これは高僧の鍛え抜かれた人間性が言葉となって私たちの心を打つからです。同じように、艱難辛苦してその道を極めた専門家のお話しや、山あり谷ありの地獄極楽の体験を繰り返されたお年寄りの話しが、私たちを感激させてくれるのも、その豊かな心の在り方が言葉になって現れているからだと思います。
魅力的な話しができる人は、その豊かで魅力的な人間性がベースにあります。このような人は自然と和顔愛語が身についています。心を磨き、豊かな人間性を養うことが、和顔愛語の前提条件なのかもしれませんね。