これは親鸞会に入っている友達から、先日聞いた話です。「和顔愛語」って、人の心を温かくする本当に善い種まきと感じたのでご紹介したいと思います。
写真愛好家の彼は、まだ雪の多い季節、五箇山の菅沼集落へライトアップの撮影に行ったそうです。大雪にも関らず多くの観光客が訪れていて、帰りには、観光バスの玉突き事故が起こり、バスが大渋滞するなど、大変だったとのこと。通行止めが解除されるまで待機していた時、ツアーに1人で参加した年配の女性が、乗ってきたバスが分からなくなり、迷子になってしまい困っていたそうです。
観光協会のスタッフが対応 し、その方が持っていたしおりに書かれていた宿泊場所に連絡したりして、その対応はもの凄く親身だった、と聞きました。観光協会には全く落ち度はないのに「すみません、すみません」とその方に謝りつつ、送り届けていた。迷子の方は「私が悪いのに、こんなに良くしてもらって、涙が出てきちゃった」と泣いていたそうです。友達は、「観光協会のみならず、地元の婦人会の方までもが、一致団結して『せっかく豪雪の中、五箇山まで来られたのだから、喜んでもらおう』と取り組まれている姿に感動した」と言っていました。
困っている人がいたら、親身になって優しい言葉をかけて差し上げる。
素晴らしい和顔愛語の実践ですよね。
優しい言葉(和顔愛語)に感動 in五箇山
Posted by まなみ | Under 和顔愛語で話そう!, 和顔愛語にまつわるお話 土曜日 3月 27, 2010和顔愛語を挨拶から始めよう
Posted by まなみ | Under 和顔愛語で話そう!, 和顔愛語とは 日曜日 5月 10, 2009あなたが考える、「和顔愛語」とはどのようなものですか?
和顔愛語といえば、はじめて浄土真宗親鸞会の人たちとお話をした時に、やわらかな笑顔と言葉をかけてくれて感動したことを思い出します。そしてまた、わたしにとっての和顔愛語は、まずは家庭からだと思っています。一番身近で実践できる和顔愛語は家族だと思いませんか?
でも、毎日顔を合わせるような近い間柄ほど、笑顔で接するなって照れてしまい、ちょっと恥ずかしくって実行できないなぁなんて思ったりするかもしれませんね。私もはじめそうだったのでよくわかります。
でも、この和顔愛語はご両親であるお父さんやお母さんが始めに実践し、自分の子どもに対し和顔愛語を示してやることが本来は一番スムーズなやり方ではないかなぁと思っています。お父さんとお母さんが実践していることで、それを見て育つ子どもにはきっと心に通うと思うのです。親の和顔愛語は家族みんなの心を和らげ、そしてそれが「思いやり」に繋がると私は考えています。
すぐにやさしい言葉をかけたり笑顔を見せることが実践できるかと言われたら、難しいかもしれません。でもその努力をすることにこそ意味があると思います。
まずは日常の挨拶から始めてみませんか。「おはよう」「ただいま」「おやすみなさい」「ありがとう」など、日常の会話の中での和顔愛語にこそ、人間関係を和やかにする力があると思います。親子や夫婦の親密さから心のきずなが結ばれ、生きがいを見出せるのではないでしょうか。
和顔愛語-人間性は言葉に表れる
Posted by まなみ | Under 和顔愛語で話そう!, 和顔愛語とは 日曜日 4月 12, 2009和顔愛語、今回は、言葉について考えて見たいと思います。言葉は自分の意思や感情を相手に伝えるための手段として用いられますね。言葉があるおかげで、わたしたちは他人とコミュニケーションが取れます。
また言葉は、その言葉を発する人の人柄や、人間性をも表します。初対面だったり、電話で顔が見えなかったりしても、その言葉や話し振りから、その人の人間性までをも感じ取ることができます。
これはつまり、私たちが何気なく話している言葉が、「自分はこんな人間ですよ」と世間に対して公表しているようなものだということを表しています。人は顔や形がみんな違うように、心も考え方も違います。言葉や話し方は、その心の在り方を端的に表します。知識や教養、色々な体験などの全てがその人の人間性を形成し、それが話し方に影響するのです。
修行に耐えて人生を極めている高僧の法話を聞けば、深い感動を受けますよね。これは高僧の鍛え抜かれた人間性が言葉となって私たちの心を打つからです。同じように、艱難辛苦してその道を極めた専門家のお話しや、山あり谷ありの地獄極楽の体験を繰り返されたお年寄りの話しが、私たちを感激させてくれるのも、その豊かな心の在り方が言葉になって現れているからだと思います。
魅力的な話しができる人は、その豊かで魅力的な人間性がベースにあります。このような人は自然と和顔愛語が身についています。心を磨き、豊かな人間性を養うことが、和顔愛語の前提条件なのかもしれませんね。