和顔愛語とは?

和顔愛語で人生が変わる!!

金曜日 11月 30, 2012

和やかな顔と優しい言葉のことを、仏教では「和顔愛語」といわれます。今回は特に「愛語」に注目して、「言葉遣い」で人生が変わることをご紹介しましょう。

こんな学生さんがあったそうです。体の行いも大切だけど、言葉遣いはもっと大切、と心にしめて、正しい言葉遣いに心がけていたところ、就職活動を始めてから、わずか1カ月で内定をもらえた、とのこと。その学生が、会社の面接で家族を紹介した時、身内を下げて話すと、「丁寧な言葉遣いで、大変素晴らしい。きっといい教育を受けてこられたのですね。君の言葉遣いは、今までの人の中でいちばんきれいだ」と、どの訪問先の会社でも、言葉遣いを誉められたそうです。

また、面接で知り合った学生にも、笑顔で挨拶(和顔愛語)を心がけると、悩みを相談されるようになったとも聞きました。相手の話を真摯に聞く姿勢にも好感を持たれて、最近は先輩から、「研究発表の言葉遣いをチェックしてほしい」と頼まれることも。言葉が変われば、人生が変わる、というのは本当ですね。幸せのタネをまけば、幸せの花が咲く。タネマキしましょう!


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和顔愛語は、声にも表れる♪

金曜日 10月 12, 2012

先日、笑顔(和顔愛語)のアナウンスに「一目惚れ」、ならぬ、「一耳惚れ」した、と言っている人がありました。なんでも、ある日、電車に乗ったところ、車掌さんの「扉が閉まります。お荷物、お体、お引きください。ご注意ください。はい、閉まりまーす」の声に感動したのだとか。夜の帰宅ラッシュで、車内もギューギューで殺気立っていたのですが、車掌さんの男性の声は、どこまでも優しく、柔らかく、なおかつハッキリとしていて、癒されたのだそう……どんな表情をしているか、容易に想像ついたそうです。

笑顔(和顔愛語)は、声にも表れることが、よく分かる実例ですよね。某大手コールセンターでは、女性たちは全員、机の上に鏡を置いて、自分が笑顔で応対しているかチェックしながら仕事をするそうです。イラッとすればイラッとした声の調子になってしまい、心のイライラが伝わってしまう。逆におだやかな表情でいれば、おだやかな声の調子で話ができる。きっと相手も、心おだやかに電話で話をすることができるでしょう。

イラッとすると、その心が口にも表れて、イライラした口調になる。それがまた、ますますイライラを募らせる、ということ、よくありませんか?(わたしだけ、でしょうか??笑) そんなマイナスの連鎖を断ち切るには、まずキュッと笑顔を作る!!笑顔から出るおだやかな声で、自身の心も落ち着き、相手ともおだやかなコミュニケーションが始まるでしょう。幸せの連鎖が始まりは、笑顔(和顔愛語)から☆


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「百万ドル」生み出す和顔愛語☆

土曜日 6月 30, 2012

『人を動かす』で有名なアメリカの実業家・デール=カーネギー。彼は、「笑顔は一ドルの元手もいらないが、百万ドルの価値を生み出す」と言っています。笑顔を作るのに、まったくお金は要りませんが、それだけ人を幸せにする力がある、ということでしょう。

眉間にしわを寄せ、目と眉毛をつりあげて、カリカリ、プリプリしていると、周囲に緊張が走り、固くトゲトゲしい雰囲気になってしまう。反対に、ちょっと目元の筋肉をゆるませて、ほほ笑むと、周囲が和み、穏やかな空気が生まれ、人間関係もスムーズになる。純粋無垢な笑顔は、人生の苦労を吹き飛ばして、生きがいさえも感じさせるとまでいわれます。だからお釈迦さまは、大変な布施の行いであると「和顔悦色施」(わげんえっしょくせ)といわれ、教え勧められました。この「和顔悦色施」と、やさしい言葉をかける布施「言辞施」とをあわせて、「和顔愛語」と言われるのです。

成功者といわれる人は、「和顔愛語」の大切さを身をもって知っているのでしょう。デパート王といわれるジョン・ワナメーカー氏にまつわる、こんな話を聞いたことがあります。
 ■   ■   ■
店員募集の広告を見て、一人の青年がやってきた。
 みずから面接したワナメーカーの質問に彼は、「イエス、ノー」と、適切に即答して少しの誤りもなかった。
 体格も立派だし、学力も十分。
 同席者は採用を確信して疑わなかった。
 ところがどうしてか、不合格になったのだ。
「たいそう、よい青年のようでしたが、どこかお気に召さないところがありましたか」
 側近の不審にワナメーカーは、こう言っている。
「あの青年は、私の質問に、『イエス、ノー』と、ぶっきらぼうに言うばかりで『イエス・サー、ノー・サー』(敬称)と、丁寧な物言いをしなかった。
 あんなふうではきっと、お客に親切を欠くことがあるにちがいない。
 親切第一がモットーの私の店には、雇うわけにはゆかないのだよ」
 たったの一言が、いかに大切か。
「社長が愉快げに”おはよう”とあいさつされると、一週間は楽しく働ける」
 こう言って、ワナメーカー氏の店員たちは、喜々として働き、店は栄えに栄えたという。
 なにが社会奉仕といっても、にこやかな笑顔と明るいあいさつほど、世の中を楽しくするものはない。
 彼は街頭をゆく楽隊のように、四方に光明をバラまく。
 笑顔とあいさつを出し惜しむ者ほどの、ドケチはないといってよかろう。
 ちょっと目もとの筋肉を動かし、わずか一言、二言を話すだけで、人に幸福を与えることができるのに、それすらもケチるからである。
■  ■  ■

和顔愛語、実践したいと思います☆ 


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和顔愛語 ~挨拶も布施の種まき~

金曜日 9月 24, 2010

学校でも、会社でも、お店でも、どこでもまず最初に、そして大事だと常々教えられるのは、「挨拶」ではないでしょうか。学校では、挨拶週間があって、校門に立って登校する生徒に挨拶した思い出などある方も多いと思います。また会社で言えば、新入社員の研修であげられる項目のひとつです。お店の繁盛いかんは、挨拶にかかっているともいわれます。開店前に「おはようございます」「ありがとうございました」と挨拶の練習をしている光景を目にすることもしばしばです。挨拶、それはたったの一言ですが、和やかな顔で言葉をかける、これも「和顔愛語」の布施行なのです。

では、どんな挨拶が好まれるでしょうか。「挨拶にその人のすべてが表れる」とも聞きます。暗い顔より、明るい顔、にこやかな笑顔(和顔)が好かれることはいうまでもありません。「あなたに会えてうれしい」という気持ちを込めると、自然に笑顔になり、相手の笑顔も誘います。呼べば呼ぶ、呼ばねば呼ばぬ山彦ぞ、まず笑顔せよ、みな笑顔する、といわれるとおりです。笑顔になれば口角がが上がりますから、声も明るくなるといわれています。


また、自分から積極的にしたいものです。目上・目下などの立場にかかわらず、自分からどなたにでも挨拶したいですね。布施行なのですから。相手の出方を伺って、タイミングを逃してしまい、気まずい思いをしてしまったこともありますが、こちらから積極的に、の思いで、気持ちのいい挨拶ができるようになりたいですね。「○○さん、おはようございます!」と名前を呼びかけてから挨拶するのも、相手に届く挨拶をするポイントです。


そして、アイコンタクトを忘れずに。優しい温かい眼差しは「眼施」という施しの行いであると、お釈迦さまは勧めておられます。挨拶をするときは、おじぎをしますが、会ったとたんに頭を下げるのではなく、まず、相手の目を見ながら挨拶を述べ、ことばの終わりからおじぎをするようにします。頭を上げたら、もう一度相手の目を見ます。このとき、目が合わないと、少し寂しい感じがします。だからアイコンタクトがとっても大切です。

いつも大切だと言われる挨拶、「和顔愛語」。毎日続けて、いい挨拶を続けることは簡単ではないけれど、少しでもよい挨拶ができるようになりたいです。


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優しい言葉(和顔愛語)に感動 in五箇山 

土曜日 3月 27, 2010

これは親鸞会に入っている友達から、先日聞いた話です。「和顔愛語」って、人の心を温かくする本当に善い種まきと感じたのでご紹介したいと思います。




写真愛好家の彼は、まだ雪の多い季節、五箇山の菅沼集落へライトアップの撮影に行ったそうです。大雪にも関らず多くの観光客が訪れていて、帰りには、観光バスの玉突き事故が起こり、バスが大渋滞するなど、大変だったとのこと。通行止めが解除されるまで待機していた時、ツアーに1人で参加した年配の女性が、乗ってきたバスが分からなくなり、迷子になってしまい困っていたそうです。




観光協会のスタッフが対応 し、その方が持っていたしおりに書かれていた宿泊場所に連絡したりして、その対応はもの凄く親身だった、と聞きました。観光協会には全く落ち度はないのに「すみません、すみません」とその方に謝りつつ、送り届けていた。迷子の方は「私が悪いのに、こんなに良くしてもらって、涙が出てきちゃった」と泣いていたそうです。友達は、「観光協会のみならず、地元の婦人会の方までもが、一致団結して『せっかく豪雪の中、五箇山まで来られたのだから、喜んでもらおう』と取り組まれている姿に感動した」と言っていました。




困っている人がいたら、親身になって優しい言葉をかけて差し上げる。
素晴らしい和顔愛語の実践ですよね。




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和顔愛語を挨拶から始めよう

日曜日 5月 10, 2009

あなたが考える、「和顔愛語」とはどのようなものですか?
和顔愛語といえば、はじめて浄土真宗親鸞会の人たちとお話をした時に、やわらかな笑顔と言葉をかけてくれて感動したことを思い出します。そしてまた、わたしにとっての和顔愛語は、まずは家庭からだと思っています。一番身近で実践できる和顔愛語は家族だと思いませんか?
でも、毎日顔を合わせるような近い間柄ほど、笑顔で接するなって照れてしまい、ちょっと恥ずかしくって実行できないなぁなんて思ったりするかもしれませんね。私もはじめそうだったのでよくわかります。

でも、この和顔愛語はご両親であるお父さんやお母さんが始めに実践し、自分の子どもに対し和顔愛語を示してやることが本来は一番スムーズなやり方ではないかなぁと思っています。お父さんとお母さんが実践していることで、それを見て育つ子どもにはきっと心に通うと思うのです。親の和顔愛語は家族みんなの心を和らげ、そしてそれが「思いやり」に繋がると私は考えています。

すぐにやさしい言葉をかけたり笑顔を見せることが実践できるかと言われたら、難しいかもしれません。でもその努力をすることにこそ意味があると思います。
まずは日常の挨拶から始めてみませんか。「おはよう」「ただいま」「おやすみなさい」「ありがとう」など、日常の会話の中での和顔愛語にこそ、人間関係を和やかにする力があると思います。親子や夫婦の親密さから心のきずなが結ばれ、生きがいを見出せるのではないでしょうか。


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和顔愛語-人間性は言葉に表れる

日曜日 4月 12, 2009

和顔愛語、今回は、言葉について考えて見たいと思います。言葉は自分の意思や感情を相手に伝えるための手段として用いられますね。言葉があるおかげで、わたしたちは他人とコミュニケーションが取れます。

また言葉は、その言葉を発する人の人柄や、人間性をも表します。初対面だったり、電話で顔が見えなかったりしても、その言葉や話し振りから、その人の人間性までをも感じ取ることができます。
これはつまり、私たちが何気なく話している言葉が、「自分はこんな人間ですよ」と世間に対して公表しているようなものだということを表しています。人は顔や形がみんな違うように、心も考え方も違います。言葉や話し方は、その心の在り方を端的に表します。知識や教養、色々な体験などの全てがその人の人間性を形成し、それが話し方に影響するのです。

修行に耐えて人生を極めている高僧の法話を聞けば、深い感動を受けますよね。これは高僧の鍛え抜かれた人間性が言葉となって私たちの心を打つからです。同じように、艱難辛苦してその道を極めた専門家のお話しや、山あり谷ありの地獄極楽の体験を繰り返されたお年寄りの話しが、私たちを感激させてくれるのも、その豊かな心の在り方が言葉になって現れているからだと思います。

魅力的な話しができる人は、その豊かで魅力的な人間性がベースにあります。このような人は自然と和顔愛語が身についています。心を磨き、豊かな人間性を養うことが、和顔愛語の前提条件なのかもしれませんね。


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