Posted by まなみ | Under 和顔愛語とは
土曜日 6月 26, 2010
和顔愛語とは、和顔悦色施と言辞施を組み合わせた言葉。和顔悦色施とは、優しい微笑みを湛えた笑顔で人に接すること。言辞施とは、優しい言葉をかけるよう努めること。これらは、よい行いだから実行しなさいと、お釈迦さまが教えられている無財の七施にあげられているものです。今日はその言辞施について、お話しましょう。
口から出る一言、それが相手に優しさや喜び、元気と勇気を与えることもあれば、反対に悲しみや不快感を与え、やる気をそぐようなこともあります。ある日のこと、決して手間隙かけたものではなかったけれど、忙しい時間をさいて調理して、夕飯を振舞ったことがありました。その方は並べられたお皿を見るや、「わぁ!! おいしそう!」。一口お味噌汁を飲んで、「お味噌汁、おいしい!」、煮物を口にふくんで、「これもいい味!」と言ってくださったのです。お世辞だったのかもしれませんが、喜びを表現してくれ、「作ってよかった」と正直そう思いました。別の人に振舞ったこともありますが、ある人は、だまーって、何の感想もない。おいしいのか、まずかったのか、塩加減はどうだったのか分からず、寂しく感じたこともありました。
人間の口というのは難しいものです。口数が多いとうるさがられ、「あなたはいつも一言多い」となる。その一言が、人を傷つけることもあります。反対に、寡黙になって、言うべきことも言わなくなってしまうと、関係がギクシャクしてしまう。適切な言葉を、適切なTPOで発することができたら、どんなに人間関係が円滑に回ることでしょう。何か言葉を発するならば、相手が幸せになる言葉、心あたたまる言葉(和顔愛語)を使いたいですね。
Posted by まなみ | Under 和顔愛語とは, 和顔愛語にまつわるお話
金曜日 4月 9, 2010
和顔愛語とは、『大無量寿経』の言葉ですが、無財の七施の中の和顔悦色施と言辞施を組み合わせた言葉と以前にも紹介しました。和顔悦色施とは、優しい微笑みを湛えた笑顔で人に接すること。純粋無垢な笑顔に接すると、人は一瞬人生の苦労を忘れ、生き甲斐さえ感じ、周囲全体を和ませ、トゲトゲしい人間関係をスムーズにするといわれます。言辞施とは、優しい言葉をかけるよう勤めることで、心のこもった一言が計り知れない大きな幸せを相手に届けられるといわれています。今回はその和顔悦色施について、科学の面から考えてみたいと思います。
高森顕徹先生が書かれた『光に向かって』という本の中に、こう書かれているところがあります。”笑う時には、十六本の顔の筋肉を動かせばよいが、怒る時は、六十二本動かさなければならぬ。エネルギー上からも、 笑い顔の方が怒り顔よりも得である”。アメリカのある学者の面白い教訓である。 怒る時には62本の筋肉、笑う時は16本。怒る時、大変なエネルギー、ストレスを要することが分かりますよね。
しかし、「和顔」、つまり「笑顔」「笑う」という行為は、他人に幸せを届け、また自分自身も幸せになれる自利利他の行いです。「悲しいから泣くのではない、泣くから悲しくなる」と言われますが、同じように、「楽しいから笑うのではない、笑うから楽しいのだ」ともいえるでしょう。実際、笑っていると楽しくなる、多くの人がそう経験し、実感として抱いていることと思います。科学的にいっても、「笑う」ことは自身の体にもよい影響を与えるそうです。
笑うと口が開き、声を出して息を吐いたり、お腹に力が入ったりする。「ハハハ」と声を出して笑っているときは、横隔膜(おうかくまく)が激しく持ち上がり肺から大量の息を吐き出し続け、笑い終わると今度は息を吸い込みしばらく腹式呼吸になります。ストレスを受けると脳は興奮状態になり酸素をどんどん消費していくため、脳細胞への酸素供給が不足し脳の働きが低下していくのですが、笑うと、肺が大きく動き、大量の酸素が取り込まれ、弱った細胞に酸素が行きわたり活発化し脳の働きが上昇するのだそうです。そして気分がすっきりし、ストレス物質であるコルチゾールの分泌が減りストレスが鎮められます。ちなみに笑った時の酸素摂取量は、深呼吸(1回)のおよそ2倍、通常の呼吸のおよそ3~4倍になるそうです。そして、たくさん笑った後は免疫力が活発化し、ガン細胞などの病原体への攻撃力が高まるそうです。笑うと、いいことづくめですね。お釈迦さまの勧められた、「和顔悦色施」「和顔愛語」、実践していきたいと思います。
Posted by まなみ | Under 和顔愛語とは, 和顔愛語にまつわるお話
木曜日 2月 11, 2010
「和顔愛語」とは、「和顔悦色施」と「言辞施」の布施行のこと。今日は「言辞施」について、浄土真宗親鸞会の方から聞いたお話を紹介しましょう。
ある年配の女性が、年末の忙しい時期、自転車で駅のスーパーに出かけたそうです。いっぱいになった買い物袋を、自転車の前のかごに乗せて、さぁ出発!と思いきや、こぎ始めた途端、バランスを崩して隣の自転車に倒れてかかってしまった。
思わず「助けて!」と叫ぶと、後ろから、「助けるよ!」という大きな声。すると、3人の男子中学生が駆け寄ってきて、荷物を拾い、外まで出してくれた。その年配の女性は、「助けるよ!」の言葉が、頭から離れなくて、今も、その言葉を思い出すたび、大きな幸せに包まれるのだそうです。「助けるよ」の一言が、どんなに頼もしく感じられたことでしょう。数えればたった4字の言葉でも、まさに和顔愛語の布施行ですよね。
この話を聞いて、ツルゲーネフのことを思い出しました。ツルゲーネフとは、ロシアの文豪。まだ貧しかった時のこと、訪れた乞食に何ひとつ与えるものがなかった彼は、「すまない」の念い一杯から、玄関へ飛び出してゆき、乞食の手を握り締め、「兄弟!」と涙ぐんだといいます。あとで、乞食は「あんなうれしいものをもらったことは生涯なかった」と言ったそうです。たとえお金や物がなくとも、心のこもった一言が、相手に大きな幸せを与えることになるのですね。
相手の心に入って、相手がいちばんほっとする、心安らぐ言葉をかけられたら、どんなに幸せなことでしょう。和顔愛語、心がけていきたいと思います。
Posted by まなみ | Under 和顔愛語で話そう!, 和顔愛語とは
日曜日 5月 10, 2009
あなたが考える、「和顔愛語」とはどのようなものですか?
和顔愛語といえば、はじめて浄土真宗親鸞会の人たちとお話をした時に、やわらかな笑顔と言葉をかけてくれて感動したことを思い出します。そしてまた、わたしにとっての和顔愛語は、まずは家庭からだと思っています。一番身近で実践できる和顔愛語は家族だと思いませんか?
でも、毎日顔を合わせるような近い間柄ほど、笑顔で接するなって照れてしまい、ちょっと恥ずかしくって実行できないなぁなんて思ったりするかもしれませんね。私もはじめそうだったのでよくわかります。
でも、この和顔愛語はご両親であるお父さんやお母さんが始めに実践し、自分の子どもに対し和顔愛語を示してやることが本来は一番スムーズなやり方ではないかなぁと思っています。お父さんとお母さんが実践していることで、それを見て育つ子どもにはきっと心に通うと思うのです。親の和顔愛語は家族みんなの心を和らげ、そしてそれが「思いやり」に繋がると私は考えています。
すぐにやさしい言葉をかけたり笑顔を見せることが実践できるかと言われたら、難しいかもしれません。でもその努力をすることにこそ意味があると思います。
まずは日常の挨拶から始めてみませんか。「おはよう」「ただいま」「おやすみなさい」「ありがとう」など、日常の会話の中での和顔愛語にこそ、人間関係を和やかにする力があると思います。親子や夫婦の親密さから心のきずなが結ばれ、生きがいを見出せるのではないでしょうか。
Posted by まなみ | Under 和顔愛語で話そう!, 和顔愛語とは
日曜日 4月 12, 2009
和顔愛語、今回は、言葉について考えて見たいと思います。言葉は自分の意思や感情を相手に伝えるための手段として用いられますね。言葉があるおかげで、わたしたちは他人とコミュニケーションが取れます。
また言葉は、その言葉を発する人の人柄や、人間性をも表します。初対面だったり、電話で顔が見えなかったりしても、その言葉や話し振りから、その人の人間性までをも感じ取ることができます。
これはつまり、私たちが何気なく話している言葉が、「自分はこんな人間ですよ」と世間に対して公表しているようなものだということを表しています。人は顔や形がみんな違うように、心も考え方も違います。言葉や話し方は、その心の在り方を端的に表します。知識や教養、色々な体験などの全てがその人の人間性を形成し、それが話し方に影響するのです。
修行に耐えて人生を極めている高僧の法話を聞けば、深い感動を受けますよね。これは高僧の鍛え抜かれた人間性が言葉となって私たちの心を打つからです。同じように、艱難辛苦してその道を極めた専門家のお話しや、山あり谷ありの地獄極楽の体験を繰り返されたお年寄りの話しが、私たちを感激させてくれるのも、その豊かな心の在り方が言葉になって現れているからだと思います。
魅力的な話しができる人は、その豊かで魅力的な人間性がベースにあります。このような人は自然と和顔愛語が身についています。心を磨き、豊かな人間性を養うことが、和顔愛語の前提条件なのかもしれませんね。
Posted by まなみ | Under 仏教でいう和顔愛語, 和顔愛語とは
火曜日 1月 13, 2009
今回も、前回に引き続きまして、和顔愛語について述べていきたいと思います。このサイトで取り上げている『和顔愛語』と言う言葉は、前回お話しした、無財の七施の中の和顔悦色施の和顔と言辞施を組み合わせた言葉だということに皆さんお気づきだったでしょうか。
私たちは、普段の生活を何気なく送っていますが、そんな何気ない日々でも、自分自身の弱さや、おろかさに気付いたり、自分の力ではどうしょうにも出来ないことや、自分の欲望が満たされないことがあふれていますよね。
このような気持ちはやがて怒りとなったり、場合によっては相手を否定する気持ちになってしまうことがあります。まるで自分が正しくて、相手が間違っているのだ、と考えることはありませんか?そんな感情を持つことで、何もかもが見えなくなっている。こんな煩悩を作り出している自分自身に気づいて、驚くこともありますね。私たちは凡夫なのです。決しておかしいことではありません。
私は、この『和顔愛語』という言葉を知り、言葉の陰影や、心の陰影というものを強く意識し、考えるようになりました。
今までの自分は、決して嘘の自分ではありません。それだけに毎日の自分の生活の中で、今までの自分よりも、よりやわらかな笑顔、そしてやさしい言葉を放つように心掛けているのです。
ひょっとしたら、私は形から入っているのかもしれません。でも、そうだとしても、この「和顔愛語」は、きっと人の役に立っているかもしれないし、それが自分のためにもなることなのだ、と信じています。
Posted by まなみ | Under 仏教でいう和顔愛語, 和顔愛語とは
木曜日 12月 11, 2008
そもそも、この和顔愛語という言葉、仏教にまつわるものですが、そのルーツについて今回はお話しします。この和顔愛語という言葉は、『大無量寿経』 の中に説かれています。その中で、「菩薩は嘘や偽り、こびへつらいがなく、和顔愛語にして意を先にして承問す」と述べられています。
この『大無量寿経』は、阿弥陀仏が永劫にわたって修行したと説かれているもの。さらに親鸞聖人は、「真実なる生き方とは何か」ということを説くために、『大無量寿経』の勝行段の経文を基準にしていたというくらい重要なものです。
また、仏教の教えには、六波羅密という言葉があり、波羅密(迷いのこの岸から悟りの彼岸に渡る事)、つまり彼岸に渡るためには自ら実践すべき六つの項目があると言われています。その6つというのが
●布施(親切をすること)
●持戒(約束を守ること)
●忍辱(忍耐強く忍ぶこと))
●精進(正しい目的にひたむきにつとめ励む)
●禅定(心を静寂にして正しき判断をすること)
●智恵(因果の道理を深く信じて、修養すること)
そのなかでも、布施は第一に上げられています。
お布施とは、金品でなくても思いやりや心で相手に奉仕し、喜びを与えることが出来るものも含まれます。
それに含まれるのが
・眼施(優しい眼差しで相手に快い感じを与える)
・和顔悦色施(やわらかな顔が人に喜びを与え良い人間関係に導く)
・言辞施(優しい暖かい言葉で語りかける)
・身施(自分の手足を使い他人に奉仕する)
・庄座施(自分の席や場所を人に譲る)
・心施(感謝の心で人に接する)
・房舎施(自分の住居を宿として提供する)
れら七つの奉仕を、無財の七施と呼んでいます。
Posted by まなみ | Under 和顔愛語とは
火曜日 10月 7, 2008
あなたは「和顔愛語」をご存知ですか?辞書で調べてみると、
わがん-あいご【和顔愛語】・・・ 和やかで温和な顔つきや言葉つき。穏やかで、親しみやすい振る舞いのこと。▽「和顔」はやさしげな顔つきのこと。「愛語」は親愛の気持ちがこもった言葉の意。
このように表現されています。
「わげん」と読んだり、「わがん」と読んだりするようですが、読み方は両方ありますので、どちらでも構わないようです。(「顔」の音読みは、漢音では「ガン」、呉音では「ゲン」と読むそうですよ。)
私がこの言葉を聞いたのは、学生時代の先輩からでした。学校を卒業しても、私たちは先輩後輩という関係よりも、仲の良い友人のように、ずっとお付き合いをしており、かれこれ10年以上経ちます。
その先輩の女性は、実はお寺の住職の娘。いかにもお坊さんがお話してくれるようなありがたいお話をするのが上手なんです。今でも会ったり、悩みを相談したりするたびに、私にいいアドバイスをくれるという、頼れる女性です。
先日、ある人に、『好きな言葉や座右の銘を教えてください』と聞かれたことがあります。そのときに、無意識のうちに答えたのが「和顔愛語」でした。
和顔愛語の「和顔」は、やわらかな笑顔、そして「愛語」には、やさしい愛のあることば、
すなわち、この言葉には笑顔で愛情のこもった言葉を話すという意味があります。
やわらかな笑顔で、愛のあるやさしいことばを話す、ステキな女性になりたいですね。私はそう思っています。