和顔愛語とは?

和顔愛語 ☆ ~不美人でも笑顔がいい~

金曜日 1月 15, 2010

皆さん、こんにちは☆あらたな年を迎え、すこし趣きも変えてお届けしたいと思います。和顔愛語 (わげんあいご) について紹介していますね。

今日は勝間和代さんの『結局、女はキレイが勝ち』という本から、一節をご紹介しましょう。(ここでいわれる 「キレイ」とは外見の美しさだけではない、内面もキレイであることを指しています)

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「美人の不満顔より不美人でも笑顔がいい」

メイクに凝ったり、エステに通ったりするのもいいですが、もっと安上がりで効果的なキレイになる方法があります。それは笑顔を磨くことです。言葉は悪いのですが、美人の不満顔よりブスの笑顔のほうが、100倍魅力があるのです。

どんなに見かけにお金をかけても、笑顔が出ない人に他人は心を開いてくれません。(略)笑いかけたら、相手も笑顔で返してくれますから、コミュニケーションもとてもスムーズになるのです。

笑顔でいることのメリットは、笑うことで自分の気持ちも楽しくなるということです。楽しいから笑うのではなく、笑うと楽しくなるというメカニズムが人間にはあるのです。

笑えば体にいい脳内ホルモンもたくさん出るし、笑いはいろいろなことを解決してくれます。ですからたくさん笑いましょう。

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親鸞会の友人から「べっぴんも笑顔忘れりゃ5割引」と聞いたことがあり、これも忘れられない言葉です。美人でかつ笑顔が素敵だったら文句なしですが、「美人の不満顔よりブスの笑顔のほうが、100倍魅力がある」って勇気がでてきますね(笑)。でもたしかにそうだと思います。笑えば、自分の気持ちも明るくなる。周りの人も、気持ちがいい。まさに自利利他ですね。身体にもいい影響があるとのこと。ストレス社会といわれますが、1日1回笑うことが、やはり健康にもよいそうです。「呼べば呼ぶ 呼ばねば呼ばぬ山彦ぞ まず笑顔せよ みな笑顔する」。ニッコリ和顔愛語、今年も心がけてゆきたいと思います。


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美人10割増しになる方法☆

金曜日 11月 13, 2009

「言葉の乱れは思想の乱れ。思想の乱れは社会の乱れ」。こんな言葉、聞いたことありますか?言葉遣いの乱れが甚だしいと深く憂慮される方があり、その方から言葉遣いについて学ばせていただく機会がありました。

そこで高森顕徹先生著『光に向かって 心地よい果実』のこんなお話が紹介されました。
和顔愛語にもつうじることと思いますので、皆さんにも紹介しましょう。

■さわやかな返事
 テレビの料理番組に出た、女性アシスタントの歯切れの良い返事に聞き惚れた。
「ううん」「はああ」は論外。普通の「ハイ」は、誰もがする。
 同じ「ハイ」でも、すがすがしい『ハイッ!』の返事で彼女は二十五分、貫いた。
 録画も忘れて、聞き惚れていた。
「はいはいはい……(繰り返し)」や、「はあ~い」では、他人をバカにしている。
 女性の笑顔は、何よりも美しく見せるが、返事が良ければ、一段と輝く。
『べっぴんも 笑顔忘れりゃ 五割引き』だが、返事良ければ十割増し、となろう。
 人間関係が、グッと良くなり、多くの人に好かれ、愛され、得をすること間違いなしだ。
 実行しよう。

歯切れのよい「ハイ」の返事。心から気持ちよく「ハイ」といつも返事できる人間でありたいですね。しかも、「女性の笑顔は、何よりも美しく見せるが、返事がよければ一段と輝く」。和顔愛語+清々しい「ハイ」の返事→べっぴん「十割増し」になるのですって。これは実行しなければ(笑)

「人」という字は、人と人とが支えあってできているんだよ、とはよく聞きますが、1人で生きていくことはできません。いろいろな人との関係の中で、生かされている私があります。その時、良好な関係を保ち続け、気持ちよく日常生活を送り、一致団結して物事を成し遂げていくには、言葉遣い、和顔愛語ってとっても大事ですよね。ましてや、親鸞聖人のみ教えをお伝えしていく時には、なおさらです。「言葉遣い」に意識して、気をつけて毎日を送っていきたいと思います。


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和顔愛語は元気の源!

月曜日 10月 12, 2009

和顔愛語というのは、笑顔と優しい言葉という意味で、仏教で教えられる布施行です。親鸞会の会員に、守川さんという小学校の先生をサポートする仕事をしている知り合いがいるのですが、現場で明るく元気な挨拶と子供たちに優しい言葉をかけることを心がけているそうです。彼から先日、こんな話を聞きました。

「今の子供は挨拶をしない・・・」とよく言われますが、こちらから笑顔で「おはよう」と声をかけ続けていくと、子供たちは恥ずかしながらも少しずつ「おはよう」と返すようになります。この和顔愛語の法則を歌ったものに、「呼べば呼ぶ 呼ばねば呼ばぬ 山彦ぞ まず笑顔せよ みな笑顔する」という歌がありますが、本当にそうだなぁとしみじみ感じています。また色々と手伝ってくれる子供たちに、「ありがとう。○○さんは優しいね」とか「手伝ってくれて、とても嬉しかったよ」など優しい言葉をかけていくと、子供の顔が和んでいくのを実感します。今年の3月、卒業式を控えたある日、1年半一緒に過ごした子供達からメッセージカードのプレゼントがあり、その中にこんなメッセージがありました。

『守川先生へ
 僕が挨拶した時に、守川先生はいつも「おはよう」と返事をしてくれてありがとうございました。僕は先生の元気な返事のおかげで一日元気に過ごせました。挨拶をすると元気になるというのは聞いたことがあったけれど、実際に体験したのは初めてでした。守川先生のおかげでこんな体験ができたので感謝しています。守川先生は謝恩会の時に、僕たちに勇気づけられたって言ってたけど、何度も慰めてもらったし、あいさつなどで元気をもらったりしたので、勇気づけられたのはこっちの方だと思います。これからもそんなふうに人を元気にしたり助けたりできる人でいてください』

こんなメッセージが28人分あり、今も守川さんを励ましてくれるのだそうです。仏教を知らされ、和顔愛語という素晴らしい布施行を知らされたことを感謝していると言っていました。「呼べば呼ぶ 呼ばねば呼ばぬ 山彦ぞ まず笑顔せよ みな笑顔する」。まずは自分自身から実践し、笑顔で幸せを届けたいですね☆


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和顔愛語 -笑顔は幸せへのパスポートー

日曜日 9月 13, 2009

和顔愛語について、続けて紹介しています。仏教を説かれたお釈迦さまは、いろいろな善い行いを六つにまとめて、「六度万行」と教えられました。その筆頭が「布施」(親切)。これは、物質的なものを施して人を助け喜ばせる「財施」と、仏法を伝える「法施」に分けられます。和顔愛語とは、たとえお金や物を持たない人でも、笑顔(和顔)や優しいいたわりの言葉(愛語)を施すことで、これも立派な布施行なのだ、と仏教で教えられています。







「和顔愛語」と聞いて思い出すのが、よく行くスーパーでレジをしている女性、Dさんです。その方はいつも、「いらっしゃいませ~」「○円のお返しです」「ありがとうございました」と笑顔で、可愛らしい声で言ってくださるのです。感じのいい方だな、素敵だな、見習わなければといつも思います。どんな人にとっても「人生は苦なり」。日常の出来事は、放っておけば苦虫つぶしたような顔になることばかりではないでしょうか。それでもいつもDさんが笑顔でやさしい雰囲気なのは、笑顔絶やさず、気持ちよくお客さんと接しようと、常に心がけておられるのだと思います。







また、この笑顔と優しい言葉で、大事な運命が決まることもあるのです。ある富豪の老婆が、レストランへ出かけた時のこと。ウェートレスがお膳を持って、〝お待たせしました〟と言って、お膳をお客さんの前に据え、さらに〝どうぞ!〟と軽くほほ笑んでみせたのだそうです。その笑顔は決して卑しい媚ではなく、本当に女らしい愛嬌だった。老婆は、『大抵なら、〝お待せしました〟と言って、ただそこに置いて行くだけなのに、その人は、〝どうぞ!〟と言ってチャンと前へ据え直してくれた、〝どうぞ!〟の一言と、そのほほ笑みに、すっかり惚れ込んでしまった』と言って、ウェートレスの女性を見初めたのだといいます。







笑顔の素敵な人は、性を問わず、惹かれてしまいます。心からの笑顔はうつくしいし、気持ちが安らぎます。笑顔に出会うと幸せになれますよね。「笑顔は幸せへのパスポート」というキャッチコピーを見たこともありますよ。さぁ和顔愛語を実践して、幸せを届けましょう


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和顔愛語-いじめに対する試み

水曜日 7月 8, 2009

今回の和顔愛語は、いじめに関係があるお話です。ある大学の教育心理学の研究グループが、以前興味深い研究をしていました。小・中学校のクラスの中で、お互いを褒め合うメッセージを交換するというもの。
以下、小学5年のクラスでの実話です。一郎君(仮名)は、クラスのいじめっ子。ちょうどその頃、クラスの優子ちゃん(仮名)がいじめの対象になっていました。学力が低く、上手に言葉が言えないチック症の彼女に対し、いじめや差別がクラスで広がろうとしていました。

そんな時に実験はスタート。相手をほめるカードを定期的に交換することにしたそうです。 「一郎君は、クラスのムードメーカーです。がんばれ!」 一郎君はとても嬉しそう。そのうちに一郎君に変化が見られ、どんどん乱暴な言葉遣いが減ってきたそうです。一方、優子ちゃんも、「最近頑張って授業中に手をあげているね」などという、励ましのカードをもらったり、自分も積極的にカードを書くうちに、自分の言葉でちゃんと意志を伝えられるようになり、チック症が改善したということです。
これはまさに、浄土真宗親鸞会で教わった「和顔愛語」だと私は思いました。相手を傷つけるような言葉より、あたたかく愛情に満ちた言葉を発した方が、お互いの人間関係を良くするということが、実際に証明されたと思います。
いじめが原因で自殺を選ぶ人は毎年増えています。人が死んだらどうなるでしょう?残された人たちは絶望の淵に立たされます。「和顔愛語」は決して簡単なことではないかもしれませんが、これで命を救うことだって可能なのです。


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和顔愛語-何のために生きるのか

火曜日 6月 9, 2009

最近、写経や坐禅が若い人の間でブームのようですね。でも若い人がお寺に訪れるのは、ブームだけが理由ではないようです。最近の若者は「なぜ生きるのか、何のために生きるのか」悩んでいるようなのです。私も、同様に悩んだ時期がありましたので、このニュースをみて複雑な気持ちになりました。

私たちは必ず何かを信じて生きています。「信じる」を言い換えれば、頼りにしたり、あてにすることを言います。妻は夫を、夫は妻を信じ、親は子供を頼りにし、子供は親をあてにして生きています。その他にも色々あります。自分の身体や命もそうですし、財産や名誉、社会的地位など、必ず人は何かをあてにして暮らしています。だから生きるということは信じること。神や仏を信ずることだけが信心ではありません。

しかし私たちは、ただ生きるのではなく、幸福を求めて生きています。苦しみや悩みはなぜ生まれるかというと、信じていたものに裏切られた時に起きてくるのです。夫を信じ切っていた妻が、夫に裏切られたり、健康な人が病気にかかり健康に裏切られたりするから苦しみます。それが深く信じていればいる程、裏切られた時の苦悩や悲しみ、怒りは大きくなってしまいます。
結論から言うと、裏切らない、変化しないものというのはこの世にはありません。つまらないことで裏切られたと嘆き悲しむのは、ちょっと馬鹿らしく思えますよね。これは浄土真宗親鸞会で私が学んだことです。それなら明るく生きていきませんか?
これに気付くことがもしかすると和顔愛語の第一歩かもしれませんね。


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和顔愛語-辛いときこそ笑顔で

火曜日 3月 17, 2009

最近は、なんだか暗い話が多いですね。そう思いませんか?毎日殺人事件のニュースは流れるし、今日もテレビでは自殺サイトのことを特集で報道していました。生きるとは楽なことではないんだということを感じますね。現実社会の闇なんでしょうね、リアルの世界なんだと考えれば考えるほど胸が痛みます。

笑顔を絶やさない習慣って非常に大切だと最近は思っています。職場内の人間関係においてもそうですし、家庭内、いろいろな場面で、そう感じるのです。
私の大好きな作家の一人に夏目漱石が居ますが、夏目漱石は「表面をつくることは、内部を改良する一種の方法である」と書いていました。つまり、無理にでも笑っていると、いつの間にか心もほぐれてくる、というもの。無理矢理に笑顔をつくることも、その自分の内面作ることに通じると思うのです。

また、人は笑うだけで体の免疫機能が30%ほどUPすると言われているそうです。副交感神経が刺激されて血行促進や緊張をほぐすという効果があるそう。始めは作り笑いでも、それでも効果が出るというから驚きです。辛いときこそ和顔愛語を意識して実践してみようと思います。職場の雰囲気が良くなくて悩んでおられる人も、自分から笑顔を作ってみることで、ひょっとしたら職場内の雰囲気も変わるかもしれませんね。
自分の心も穏やかに、そして周囲の人たちを和やかにさせる和顔愛語。これが世の中に広まれば、もっと健やかに暮らせる社会になるのではないでしょうか。


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和顔愛語を身に着けよう

日曜日 2月 15, 2009

先日のことです。仕事中の出先での話なのですが、次のお客さんのアポイントがあるのに、ちょっと時間が押していたので、慌てて小走りで客先へ向かっていたときのことです。
急いで歩道を駆け抜け、信号待ちをしていると、傍で初老のおじさまがあたりを見回して立っている姿が見えました。

おそらく迷子になったんだろうなぁと思ったんですが、私も時間がなく慌てていたので、心の中では「ごめんなさいね」と思いながら、おじさまの前を通り過ぎようと思ったのです。

その時!なんと相手から声をかけられてしまったのです。「急いでいるのに、捕まっちゃった!」と一瞬思ったのですが、そのおじさまのお顔をみて、私は感服してしまいました。

まさに「和顔愛語」!徳のある表情を見た瞬間、私は自分が急いでいることをすっかり忘れてしまうくらいに、おじさまに対し、道を教えてあげることになったのです。

他人を幸せな気持ちにさせる、あの笑顔は本当に魔法のようです。カリカリしていた私が、そのおじさまのおかげで一気にクールダウン。

ちょっと殺気立っていた自分を反省し、何度も私に笑顔でお礼を言ってくださるおじさまに対し、内心、『コチラこそありがとうございます!』と言いたくなってしまいました。

私自身も「和顔愛語」を是非身に着けたいと思った出来事でしたが、笑顔の力というのは本当にすばらしく、不思議なものです。

これがお布施だという仏教にも興味がちょっと湧いてきています。全く理屈抜きで他人が優しい気持ちになれるのですから、とても素晴らしいことですね。


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和顔愛語は布施行

日曜日 11月 9, 2008

和顔愛語という言葉。
これは私の座右の銘というよりは、私の目標なんですが、
それにまつわるお話を今回はご紹介したいと思います。そもそも、この「和顔愛語」という言葉は、『無量寿経』といった大乗経典に出てくる言葉で、仏教にまつわるものです。

何も持たずとも、笑顔によって人の心を和ませることができる。これは、とても大切な布施行だと仏教では教えられています。何も持たずとも、相手を幸せにすることができる、これこそが和顔愛語だ、ということなのです。

「和顔愛語」の実践の大切さがわかるお話として、ジョン・ワナメーカー氏のエピソードがあります。

彼はアメリカのデパート王といわれる社長さんですが、この「和顔愛語」を徹底しており、社員に対しても明るく”おはよう”と挨拶をしたことで、ワナメーカー氏の店員たちは、楽しく喜々として働き、デパートは栄えたと言われています。
確かに、にこやかな笑顔と明るいあいさつほど、世の中を楽しくするものはないかもしれませんね。目もとに、ほんの少しだけ笑みを浮かべ、わずか一言、二言の優しい言葉を発するだけで、人は他人に幸せを与えることができるということを証明した人です。

シドニー・スミスという人も、ステキな名言を残しています。
「少なくとも一日に一人を喜ばせよ、10年もすれば3650人を喜ばせることになる。一つの町中をあげて喜ばせる、寄付金を出したのと同じような価値がある」
まさに「和顔愛語」に通ずるものがありますね。


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