和顔愛語とは?

みなしごサーヤの和顔愛語☆

土曜日 7月 10, 2010

にっこり笑うと、気持ちが和らいで、周囲の人の心も明るくなりますね。優しい笑顔を和顔、優しい言葉を愛語といわれ、仏教で「和顔愛語」は、人に幸せを施す素晴らしい善行だと教えられています。「和顔愛語」について今月は、今から2600年前、お釈迦さまご在世中の、みなしごサーヤのお話を紹介しましょう。

少女サーヤは幼くして両親と死別、給孤独長者の屋敷に引き取られて働いていた。ある日、母なき寂しさに襲われ、一人泣いていた時、僧侶と出会い、サーヤはお釈迦さまの説法を聞きに行くようになった。

ある日夕食を終えた長者が、庭を散歩していると、サーヤが大きな桶を持ってやってくる。そして、「ほら、ご飯だよ。ゆっくりおあがり。ほらお茶だよ……」と話しかけながら、桶の水を草にかけ始めたのである。
長者は、サーヤを呼んで訳を聞いてみると、
「はい、お茶碗を洗った水を、草や虫たちに施しておりました」
「そうだったのか。だが〝施す〟などという難しい言葉を、誰に教わったのかね」
「はい、お釈迦さまです。毎日、少しでも善いことをするように心掛けなさい、と教えていただきました。善の中でも、一番大切なのは『布施』だそうです。貧しい人や困っている人を助けるためにお金や物を施したり、お釈迦さまの教えを多くの人に伝えるために努力したりすることをいいます。私は、何も持っていませんから、ご飯粒のついたお茶碗をよく洗って、せめてその水を草や虫たちにやろうと思ったのです」
感動した長者は、釈尊のご説法の日には、朝からでかけてよいと許しを出した。

数日後、長者は、サーヤが急に明るくなったことに気づいた。いつも楽しそうに働いている。長者が、「サーヤ、いつもニコニコしているね。何か、うれしいことがあったのかい」と尋ねると、「はい! 私のように、お金や財産がまったくない人でも、思いやりの心さえあれば、七つの施しができると、お釈迦さまは教えてくださいました。私にもできる布施があったと分かって、うれしくて……。私には、二番めの『和顔悦色施』ができそうなので、一生懸命に、優しい笑顔で接するように努力しているのです。暗く悲しそうな顔をすると、周りの人もつらくなるし、自分も惨めな気持ちになります。苦しくてもにっこり笑うと、気持ちが和らいできます。周囲の人の心も明るくなります。いつもニコニコしようと決心したら、親がいないことや、つらいなと思っていたことが、だんだんつらくなくなってきました。泣きたい時も、にっこり笑ってみると、気持ちが落ち着いて泣かなくなるんです」
黙って聞いていた長者は、胸が熱くなり、ともに聞法するようになった、といわれています。

人生苦なりで、苦難の波に溺れ、いつのまにか、苦虫つぶしたような顔になってはいないだろうか。同じ苦難の人生歩むなら、キラリ笑顔!和顔愛語で乗り切りたいものです。愛嬌たっぷり 会釈を惜しまぬようにしよう。自戒をこめて。

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