和顔愛語とは?

和顔愛語 -笑顔は幸せへのパスポートー

日曜日 9月 13, 2009

和顔愛語について、続けて紹介しています。仏教を説かれたお釈迦さまは、いろいろな善い行いを六つにまとめて、「六度万行」と教えられました。その筆頭が「布施」(親切)。これは、物質的なものを施して人を助け喜ばせる「財施」と、仏法を伝える「法施」に分けられます。和顔愛語とは、たとえお金や物を持たない人でも、笑顔(和顔)や優しいいたわりの言葉(愛語)を施すことで、これも立派な布施行なのだ、と仏教で教えられています。







「和顔愛語」と聞いて思い出すのが、よく行くスーパーでレジをしている女性、Dさんです。その方はいつも、「いらっしゃいませ~」「○円のお返しです」「ありがとうございました」と笑顔で、可愛らしい声で言ってくださるのです。感じのいい方だな、素敵だな、見習わなければといつも思います。どんな人にとっても「人生は苦なり」。日常の出来事は、放っておけば苦虫つぶしたような顔になることばかりではないでしょうか。それでもいつもDさんが笑顔でやさしい雰囲気なのは、笑顔絶やさず、気持ちよくお客さんと接しようと、常に心がけておられるのだと思います。







また、この笑顔と優しい言葉で、大事な運命が決まることもあるのです。ある富豪の老婆が、レストランへ出かけた時のこと。ウェートレスがお膳を持って、〝お待たせしました〟と言って、お膳をお客さんの前に据え、さらに〝どうぞ!〟と軽くほほ笑んでみせたのだそうです。その笑顔は決して卑しい媚ではなく、本当に女らしい愛嬌だった。老婆は、『大抵なら、〝お待せしました〟と言って、ただそこに置いて行くだけなのに、その人は、〝どうぞ!〟と言ってチャンと前へ据え直してくれた、〝どうぞ!〟の一言と、そのほほ笑みに、すっかり惚れ込んでしまった』と言って、ウェートレスの女性を見初めたのだといいます。







笑顔の素敵な人は、性を問わず、惹かれてしまいます。心からの笑顔はうつくしいし、気持ちが安らぎます。笑顔に出会うと幸せになれますよね。「笑顔は幸せへのパスポート」というキャッチコピーを見たこともありますよ。さぁ和顔愛語を実践して、幸せを届けましょう


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和顔愛語-いじめに対する試み

水曜日 7月 8, 2009

今回の和顔愛語は、いじめに関係があるお話です。ある大学の教育心理学の研究グループが、以前興味深い研究をしていました。小・中学校のクラスの中で、お互いを褒め合うメッセージを交換するというもの。
以下、小学5年のクラスでの実話です。一郎君(仮名)は、クラスのいじめっ子。ちょうどその頃、クラスの優子ちゃん(仮名)がいじめの対象になっていました。学力が低く、上手に言葉が言えないチック症の彼女に対し、いじめや差別がクラスで広がろうとしていました。

そんな時に実験はスタート。相手をほめるカードを定期的に交換することにしたそうです。 「一郎君は、クラスのムードメーカーです。がんばれ!」 一郎君はとても嬉しそう。そのうちに一郎君に変化が見られ、どんどん乱暴な言葉遣いが減ってきたそうです。一方、優子ちゃんも、「最近頑張って授業中に手をあげているね」などという、励ましのカードをもらったり、自分も積極的にカードを書くうちに、自分の言葉でちゃんと意志を伝えられるようになり、チック症が改善したということです。
これはまさに、浄土真宗親鸞会で教わった「和顔愛語」だと私は思いました。相手を傷つけるような言葉より、あたたかく愛情に満ちた言葉を発した方が、お互いの人間関係を良くするということが、実際に証明されたと思います。
いじめが原因で自殺を選ぶ人は毎年増えています。人が死んだらどうなるでしょう?残された人たちは絶望の淵に立たされます。「和顔愛語」は決して簡単なことではないかもしれませんが、これで命を救うことだって可能なのです。


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和顔愛語-何のために生きるのか

火曜日 6月 9, 2009

最近、写経や坐禅が若い人の間でブームのようですね。でも若い人がお寺に訪れるのは、ブームだけが理由ではないようです。最近の若者は「なぜ生きるのか、何のために生きるのか」悩んでいるようなのです。私も、同様に悩んだ時期がありましたので、このニュースをみて複雑な気持ちになりました。

私たちは必ず何かを信じて生きています。「信じる」を言い換えれば、頼りにしたり、あてにすることを言います。妻は夫を、夫は妻を信じ、親は子供を頼りにし、子供は親をあてにして生きています。その他にも色々あります。自分の身体や命もそうですし、財産や名誉、社会的地位など、必ず人は何かをあてにして暮らしています。だから生きるということは信じること。神や仏を信ずることだけが信心ではありません。

しかし私たちは、ただ生きるのではなく、幸福を求めて生きています。苦しみや悩みはなぜ生まれるかというと、信じていたものに裏切られた時に起きてくるのです。夫を信じ切っていた妻が、夫に裏切られたり、健康な人が病気にかかり健康に裏切られたりするから苦しみます。それが深く信じていればいる程、裏切られた時の苦悩や悲しみ、怒りは大きくなってしまいます。
結論から言うと、裏切らない、変化しないものというのはこの世にはありません。つまらないことで裏切られたと嘆き悲しむのは、ちょっと馬鹿らしく思えますよね。これは浄土真宗親鸞会で私が学んだことです。それなら明るく生きていきませんか?
これに気付くことがもしかすると和顔愛語の第一歩かもしれませんね。


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和顔愛語を挨拶から始めよう

日曜日 5月 10, 2009

あなたが考える、「和顔愛語」とはどのようなものですか?
和顔愛語といえば、はじめて浄土真宗親鸞会の人たちとお話をした時に、やわらかな笑顔と言葉をかけてくれて感動したことを思い出します。そしてまた、わたしにとっての和顔愛語は、まずは家庭からだと思っています。一番身近で実践できる和顔愛語は家族だと思いませんか?
でも、毎日顔を合わせるような近い間柄ほど、笑顔で接するなって照れてしまい、ちょっと恥ずかしくって実行できないなぁなんて思ったりするかもしれませんね。私もはじめそうだったのでよくわかります。

でも、この和顔愛語はご両親であるお父さんやお母さんが始めに実践し、自分の子どもに対し和顔愛語を示してやることが本来は一番スムーズなやり方ではないかなぁと思っています。お父さんとお母さんが実践していることで、それを見て育つ子どもにはきっと心に通うと思うのです。親の和顔愛語は家族みんなの心を和らげ、そしてそれが「思いやり」に繋がると私は考えています。

すぐにやさしい言葉をかけたり笑顔を見せることが実践できるかと言われたら、難しいかもしれません。でもその努力をすることにこそ意味があると思います。
まずは日常の挨拶から始めてみませんか。「おはよう」「ただいま」「おやすみなさい」「ありがとう」など、日常の会話の中での和顔愛語にこそ、人間関係を和やかにする力があると思います。親子や夫婦の親密さから心のきずなが結ばれ、生きがいを見出せるのではないでしょうか。


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和顔愛語-人間性は言葉に表れる

日曜日 4月 12, 2009

和顔愛語、今回は、言葉について考えて見たいと思います。言葉は自分の意思や感情を相手に伝えるための手段として用いられますね。言葉があるおかげで、わたしたちは他人とコミュニケーションが取れます。

また言葉は、その言葉を発する人の人柄や、人間性をも表します。初対面だったり、電話で顔が見えなかったりしても、その言葉や話し振りから、その人の人間性までをも感じ取ることができます。
これはつまり、私たちが何気なく話している言葉が、「自分はこんな人間ですよ」と世間に対して公表しているようなものだということを表しています。人は顔や形がみんな違うように、心も考え方も違います。言葉や話し方は、その心の在り方を端的に表します。知識や教養、色々な体験などの全てがその人の人間性を形成し、それが話し方に影響するのです。

修行に耐えて人生を極めている高僧の法話を聞けば、深い感動を受けますよね。これは高僧の鍛え抜かれた人間性が言葉となって私たちの心を打つからです。同じように、艱難辛苦してその道を極めた専門家のお話しや、山あり谷ありの地獄極楽の体験を繰り返されたお年寄りの話しが、私たちを感激させてくれるのも、その豊かな心の在り方が言葉になって現れているからだと思います。

魅力的な話しができる人は、その豊かで魅力的な人間性がベースにあります。このような人は自然と和顔愛語が身についています。心を磨き、豊かな人間性を養うことが、和顔愛語の前提条件なのかもしれませんね。


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和顔愛語-辛いときこそ笑顔で

火曜日 3月 17, 2009

最近は、なんだか暗い話が多いですね。そう思いませんか?毎日殺人事件のニュースは流れるし、今日もテレビでは自殺サイトのことを特集で報道していました。生きるとは楽なことではないんだということを感じますね。現実社会の闇なんでしょうね、リアルの世界なんだと考えれば考えるほど胸が痛みます。

笑顔を絶やさない習慣って非常に大切だと最近は思っています。職場内の人間関係においてもそうですし、家庭内、いろいろな場面で、そう感じるのです。
私の大好きな作家の一人に夏目漱石が居ますが、夏目漱石は「表面をつくることは、内部を改良する一種の方法である」と書いていました。つまり、無理にでも笑っていると、いつの間にか心もほぐれてくる、というもの。無理矢理に笑顔をつくることも、その自分の内面作ることに通じると思うのです。

また、人は笑うだけで体の免疫機能が30%ほどUPすると言われているそうです。副交感神経が刺激されて血行促進や緊張をほぐすという効果があるそう。始めは作り笑いでも、それでも効果が出るというから驚きです。辛いときこそ和顔愛語を意識して実践してみようと思います。職場の雰囲気が良くなくて悩んでおられる人も、自分から笑顔を作ってみることで、ひょっとしたら職場内の雰囲気も変わるかもしれませんね。
自分の心も穏やかに、そして周囲の人たちを和やかにさせる和顔愛語。これが世の中に広まれば、もっと健やかに暮らせる社会になるのではないでしょうか。


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和顔愛語を身に着けよう

日曜日 2月 15, 2009

先日のことです。仕事中の出先での話なのですが、次のお客さんのアポイントがあるのに、ちょっと時間が押していたので、慌てて小走りで客先へ向かっていたときのことです。
急いで歩道を駆け抜け、信号待ちをしていると、傍で初老のおじさまがあたりを見回して立っている姿が見えました。

おそらく迷子になったんだろうなぁと思ったんですが、私も時間がなく慌てていたので、心の中では「ごめんなさいね」と思いながら、おじさまの前を通り過ぎようと思ったのです。

その時!なんと相手から声をかけられてしまったのです。「急いでいるのに、捕まっちゃった!」と一瞬思ったのですが、そのおじさまのお顔をみて、私は感服してしまいました。

まさに「和顔愛語」!徳のある表情を見た瞬間、私は自分が急いでいることをすっかり忘れてしまうくらいに、おじさまに対し、道を教えてあげることになったのです。

他人を幸せな気持ちにさせる、あの笑顔は本当に魔法のようです。カリカリしていた私が、そのおじさまのおかげで一気にクールダウン。

ちょっと殺気立っていた自分を反省し、何度も私に笑顔でお礼を言ってくださるおじさまに対し、内心、『コチラこそありがとうございます!』と言いたくなってしまいました。

私自身も「和顔愛語」を是非身に着けたいと思った出来事でしたが、笑顔の力というのは本当にすばらしく、不思議なものです。

これがお布施だという仏教にも興味がちょっと湧いてきています。全く理屈抜きで他人が優しい気持ちになれるのですから、とても素晴らしいことですね。


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和顔愛語をもっと知りたい!その2

火曜日 1月 13, 2009

今回も、前回に引き続きまして、和顔愛語について述べていきたいと思います。このサイトで取り上げている『和顔愛語』と言う言葉は、前回お話しした、無財の七施の中の和顔悦色施の和顔と言辞施を組み合わせた言葉だということに皆さんお気づきだったでしょうか。

私たちは、普段の生活を何気なく送っていますが、そんな何気ない日々でも、自分自身の弱さや、おろかさに気付いたり、自分の力ではどうしょうにも出来ないことや、自分の欲望が満たされないことがあふれていますよね。

このような気持ちはやがて怒りとなったり、場合によっては相手を否定する気持ちになってしまうことがあります。まるで自分が正しくて、相手が間違っているのだ、と考えることはありませんか?そんな感情を持つことで、何もかもが見えなくなっている。こんな煩悩を作り出している自分自身に気づいて、驚くこともありますね。私たちは凡夫なのです。決しておかしいことではありません。

私は、この『和顔愛語』という言葉を知り、言葉の陰影や、心の陰影というものを強く意識し、考えるようになりました。
今までの自分は、決して嘘の自分ではありません。それだけに毎日の自分の生活の中で、今までの自分よりも、よりやわらかな笑顔、そしてやさしい言葉を放つように心掛けているのです。
ひょっとしたら、私は形から入っているのかもしれません。でも、そうだとしても、この「和顔愛語」は、きっと人の役に立っているかもしれないし、それが自分のためにもなることなのだ、と信じています。


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和顔愛語をもっと知りたい!その1

木曜日 12月 11, 2008

そもそも、この和顔愛語という言葉、仏教にまつわるものですが、そのルーツについて今回はお話しします。この和顔愛語という言葉は、『大無量寿経』 の中に説かれています。その中で、「菩薩は嘘や偽り、こびへつらいがなく、和顔愛語にして意を先にして承問す」と述べられています。
この『大無量寿経』は、阿弥陀仏が永劫にわたって修行したと説かれているもの。さらに親鸞聖人は、「真実なる生き方とは何か」ということを説くために、『大無量寿経』の勝行段の経文を基準にしていたというくらい重要なものです。

また、仏教の教えには、六波羅密という言葉があり、波羅密(迷いのこの岸から悟りの彼岸に渡る事)、つまり彼岸に渡るためには自ら実践すべき六つの項目があると言われています。その6つというのが
●布施(親切をすること)
●持戒(約束を守ること)
●忍辱(忍耐強く忍ぶこと))
●精進(正しい目的にひたむきにつとめ励む)
●禅定(心を静寂にして正しき判断をすること)
●智恵(因果の道理を深く信じて、修養すること)

そのなかでも、布施は第一に上げられています。
お布施とは、金品でなくても思いやりや心で相手に奉仕し、喜びを与えることが出来るものも含まれます。

それに含まれるのが
・眼施(優しい眼差しで相手に快い感じを与える)
・和顔悦色施(やわらかな顔が人に喜びを与え良い人間関係に導く)
・言辞施(優しい暖かい言葉で語りかける)
・身施(自分の手足を使い他人に奉仕する)
・庄座施(自分の席や場所を人に譲る)
・心施(感謝の心で人に接する)
・房舎施(自分の住居を宿として提供する)
れら七つの奉仕を、無財の七施と呼んでいます。


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和顔愛語は布施行

日曜日 11月 9, 2008

和顔愛語という言葉。
これは私の座右の銘というよりは、私の目標なんですが、
それにまつわるお話を今回はご紹介したいと思います。そもそも、この「和顔愛語」という言葉は、『無量寿経』といった大乗経典に出てくる言葉で、仏教にまつわるものです。

何も持たずとも、笑顔によって人の心を和ませることができる。これは、とても大切な布施行だと仏教では教えられています。何も持たずとも、相手を幸せにすることができる、これこそが和顔愛語だ、ということなのです。

「和顔愛語」の実践の大切さがわかるお話として、ジョン・ワナメーカー氏のエピソードがあります。

彼はアメリカのデパート王といわれる社長さんですが、この「和顔愛語」を徹底しており、社員に対しても明るく”おはよう”と挨拶をしたことで、ワナメーカー氏の店員たちは、楽しく喜々として働き、デパートは栄えたと言われています。
確かに、にこやかな笑顔と明るいあいさつほど、世の中を楽しくするものはないかもしれませんね。目もとに、ほんの少しだけ笑みを浮かべ、わずか一言、二言の優しい言葉を発するだけで、人は他人に幸せを与えることができるということを証明した人です。

シドニー・スミスという人も、ステキな名言を残しています。
「少なくとも一日に一人を喜ばせよ、10年もすれば3650人を喜ばせることになる。一つの町中をあげて喜ばせる、寄付金を出したのと同じような価値がある」
まさに「和顔愛語」に通ずるものがありますね。


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