和顔愛語とは?

和顔愛語は“魔法の言葉”

木曜日 4月 28, 2011

東日本大震災より、1カ月半がたちました。被災された方々を思い、テレビのCMも変わりました。ACのCMが多く流され、賛否両論ありますが、大事なことを思い出させ、心に刻んでくれていると思います。「日本の力を信じてる」という応援メッセージ、「思いは見えないけれど、思いやりは見える」という親切を勧めるもの、などなど。

そして、挨拶(仏教で和顔愛語といわれます)の大切さを訴える動物たちが登場するCMも、多くの人の心に印象深く残っているのではないでしょうか。「ありがとうさぎ」「こんばんわん」「いただきまうす」「こんにちわん」「さよなライオン」・・・・・・。CMの最後は、「魔法の言葉で 楽しい仲間がポポポポ~ン♪」と、友達が増えていくよと歌われていますよね。挨拶は楽しく、友だちが増えるのは素敵なこと、というメッセージをこども達の心に届けたいという目的で作られたのだそうです。

挨拶はそう、“魔法の言葉”。仏教では、和顔愛語の布施行であると勧められています。また「前向きに大きな声」の挨拶は、より気持ちがよいといわれます。浄土真宗親鸞会の高森顕徹先生の本の中に、このように書かれてありました。
〝すみません……〟
 蚊の鳴くような声では、ますます沈む。
 挨拶は、前向きに大きな声が大事。
〝お早うございます〟
〝ご苦労さまでした〟
〝申し訳ありません〟
〝お休みなさい〟
 自身も周囲も明るくなり、自利利他となる。

虫が誘蛾灯にひかれるがごとく、ハキハキ元気な挨拶で光る存在になれば、きっと周囲の人も引き寄せられて、人間関係の素敵な輪が広がっていくことでしょう。和顔愛語、実践していきたいと思います☆


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和顔愛語で明るいエネルギーを☆

木曜日 3月 31, 2011

3月11日未曾有の大地震が起きました。東日本大震災――。多くの方の命が奪われ、営々と築き上げてきたものも一瞬にして大津波に飲み込まれてしまいました。そして、原発事故の収束は長期化し、放射能への恐れ、余震、停電、ガソリンの不足など、今も被災地では不安な生活を余儀なくされています。その中も、「がんばろう日本!」と、復興への動きも高まってきています。自分にできることは何か、その支援の力の1つに、「笑顔」(和顔愛語)をあげて、動き出している人が少なくありません。

 
 
 
大阪のある企業家は、「『日本人が一丸となって復興に向け立ち上がる』という気力が沸くサービスを作ろう」と、子どもの笑顔(和顔愛語)を集めるホームページ「がんばろう、にっぽん。PRAY&SMILE FOR JAPAN」を開設しています。「日頃から子どもの笑顔に皆さんがパワーをもらっている、子どもの笑顔 のために頑張ろうとしているのを見ていた」ことから、「子どもの笑顔」をテーマに決定したそうです。その企業家、板羽宣人社長は「子どもの笑顔ほど力を与えてくれるものはない。私たちは子どもたちの未来のために、この困難を乗り越えて復興しなければいけない。日本の明るい未来のために、日本人として誇りを持ち、共に頑張っていきましょう」と語っています。

 
また、これまで被災に見舞われた地(インドネシア・スマトラ島、中国・四川、神戸)の笑顔をiPhoneアプリによって表示させ、たくさんの人たちのiPhoneに笑顔が溢れるという、チャリティーアプリ「MerryTime」も作られたと聞きました。「スマトラ・四川・神戸の子どもたちの笑顔は未来への希望。子どもたちの希望に満ちた笑顔を届けることで、復興への希望を届けます」と。アプリの売上からAppleの手数料を除いた全額を日本赤十字社へ寄付するとのことです。

 
 
 
笑顔は心に負った傷を癒し、明るいエネルギーを届けることができます。純粋無垢な子供の笑顔にパワーをもらい、私も和顔愛語を実践して、周囲に明るい笑顔を届けていきたい。それがめぐりめぐって、被災地に届くことを願って。


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心安らぐ和顔愛語

月曜日 2月 28, 2011

言葉には、大変な力があります。相手に幸せを届け、勇気を与え、元気づけることもできれば、反対に、傷つけ、落ち込ませたり、自信を失わせたりすることにもなります。だから、どんな言葉を使うか、すごく大事になってきます。仏教でいわれる和顔愛語とは、優しい微笑みを湛えた笑顔で、優しい言葉をかけるよう努めること。これらは、よい行いだから実行しなさいと、お釈迦さまが教えられているものです。

体調を崩してしまった時に、そのことを察知して、「大丈夫?」「お大事にね」「あまり無理しないようにね」と声をかけられると、心が和らぎます。心配してくれていることが伝わってきて、有難く思います。仕事が、とても忙しくて、張り詰めている時、「ご苦労さま」「いつも頑張ってるね」の言葉にホッとします。喜んでもらいたくて、時間を割いて手料理を振舞った時、「ご馳走さま!」「おいしかった~」「腕あげたね」と言われると、苦労も途端に喜びに変わります。どうしたらよいものか、困っている時、「何か手伝いましょうか?」「必要あれば、いつでも声かけてください」など言われると、しょっている重荷がずっと軽くなるように感じます。優しい言葉、和顔愛語に努めれば、互いに心安らぎ、人間関係もよい方向に向かうに違いありません。

人間の心は複雑多岐ですから、いつでも、どこでも、上にあげた言葉が間に合う、ということではないと思いますが、相手の心をくみとって、相手が少しでも元気になれる、幸せになれる言葉を届けたいものですね。和顔愛語に努めたいと思います。


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心奪われる和顔愛語

水曜日 12月 8, 2010

一目ぼれ、ということがある。目が釘づけになることがある。私は、心からの美しい笑顔(和顔愛語)に出会った時、そうなる。

先日、テレビをつけると、新米スチュワーデスの研修がドキュメントで報道されていた。機内でサービスに回る時、混雑したり、機体が揺れたりしても、動揺せず、笑顔で対応せねばならない。その女性はまだ1年目と言っていたが、素敵な笑顔をつねに振りまいていた。同僚との食事の光景も紹介されていたが、集まってくる女性みんな、笑顔が板についていて、惚れ惚れしてしまった。結局、チャンネルをかえず、最後までその番組を見てしまった。それだけ笑顔(和顔愛語)には、人を引きつけ、幸せにする力があるのだと思う。

最近話題の、フィギュアスケート 村上佳菜子選手を見ていても思う。彼女の笑顔に魅了された人は少なくないのではなかろうか。純粋無垢な笑顔に、人は一瞬人生の苦労を忘れ、生き甲斐さえ感じるといわれる。笑っても苦、泣いても苦の人生ならば、苦虫つぶして日々を過ごすのではなく、朗らかな笑顔を輝かせたいものである。呼べば呼ぶ 呼ばねば呼ばぬ 山彦ぞ まず笑顔せよ みな笑顔する。


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和顔愛語(笑い)と治癒力

土曜日 11月 27, 2010

仏教を説かれたお釈迦さまが教えられた「和顔愛語」とは、和顔悦色施と言辞施とをあわせた布施行のこと。和顔悦色施とは優しい微笑みを施すこと。言辞施とは、優しい言葉をかけること。笑顔と優しい言葉で、人に幸せを届けることができるから、実践しなさいよ、と教えられているのです。

この「和顔愛語」を実践すると、周囲の人に幸せを施すだけでなく、自分にも幸せが舞い込んできます。善い種まけば、善い結果が返ってくる、と教えられた仏教の根幹・因果の道理に狂いなし。その幸せの一つは、笑顔でいると、自分の心もパッと明るくなり、体にもよい作用があるそうです。『笑いと治癒力』という本に、こんなことが書かれてあります。1960年代、アメリカのジャーナリスト、ノーマン・カズンズ氏 が強直性脊椎炎という膠原病の一種になりました。医者から一生治らないと言われ、現代医学に失望して、別の方法で病を治すことにしたそうです。仲の良い友人たちと笑い合ったあとは、痛みがなくなり病状がやわらぐことに気が付いた彼は、退院してホテルに部屋を取りました。そこで、面白い本を読み、面白いマンガやビデオを見るなど、あらゆる方法を使って笑い続けました。すると、数週間後には病気がすっかり治ってしまったそうなのです。

私たちが笑うたびに脳内ではエンドルフィン という脳内モルヒネ が作り出され、幸せな気持ちになるらしい。。。研究ではそれ以外にも、マリファナ、ヘロインなどの麻薬や、薬として知られているあらゆる化学物質を脳が作り出していることも分かったのだって。専門的な難しいことは分からないけれど、笑っていれば、元気になれることに間違いなし!「和顔愛語」の布施行で、周囲も自分も明るく元気に過ごしましょう☆


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和顔愛語 ~常に周囲に幸せを~

土曜日 10月 16, 2010

今、イギリスから仏教を学びに日本に来ている女の子がいます。2年前、本当の仏教に出遇い、高森顕徹先生のお話を聞くようになったそうです。「ご苦労さまです」「ありがとうございます」という彼女の声を聞いていると、日本人!?と思うほどに流暢な日本語を話します。日本のアニメソングが大好きで、「ドラえもん」や「うるせえやつら」「崖の上のポニョ」の主題歌、先日は「赤とんぼ」を聞かせてもらいました。そんな彼女のチャームポイントは、笑顔!(和顔愛語)です。

彼女と一緒に、レストランで夕食をとった友人から聞いたのですが、なんでも、テーブルにやってくるウェイトレスさん一人一人に、サービスのたびごとに、にっこり微笑むのだそう。たしかに、「こんにちは!」という時も笑顔、「バイバイ!」という時も笑顔、目元を緩め口角をあげて微笑んでいる。通勤で利用するバスの運転手さんにも、笑顔(和顔愛語)を施しているのだとも聞きました。なかなかできないことです。

笑顔とあいさつを出し惜しむ者ほどの、ドケチはないといわれます。ちょっと目もとの筋肉を動かし、わずか一言、二言を話すだけで、人に幸福を与えることができるのですから。。。シドニー・スミスは、こう言っています。
「少なくとも1日に1人を喜ばせよ。10年すれば、3650人を喜ばせることになる。一町村あげて喜ばせる、寄付金を出したのと同様だ」と。笑顔とあいさつ、和顔愛語を心がけ、実践していきたいと思います。


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和顔愛語 ~挨拶も布施の種まき~

金曜日 9月 24, 2010

学校でも、会社でも、お店でも、どこでもまず最初に、そして大事だと常々教えられるのは、「挨拶」ではないでしょうか。学校では、挨拶週間があって、校門に立って登校する生徒に挨拶した思い出などある方も多いと思います。また会社で言えば、新入社員の研修であげられる項目のひとつです。お店の繁盛いかんは、挨拶にかかっているともいわれます。開店前に「おはようございます」「ありがとうございました」と挨拶の練習をしている光景を目にすることもしばしばです。挨拶、それはたったの一言ですが、和やかな顔で言葉をかける、これも「和顔愛語」の布施行なのです。

では、どんな挨拶が好まれるでしょうか。「挨拶にその人のすべてが表れる」とも聞きます。暗い顔より、明るい顔、にこやかな笑顔(和顔)が好かれることはいうまでもありません。「あなたに会えてうれしい」という気持ちを込めると、自然に笑顔になり、相手の笑顔も誘います。呼べば呼ぶ、呼ばねば呼ばぬ山彦ぞ、まず笑顔せよ、みな笑顔する、といわれるとおりです。笑顔になれば口角がが上がりますから、声も明るくなるといわれています。


また、自分から積極的にしたいものです。目上・目下などの立場にかかわらず、自分からどなたにでも挨拶したいですね。布施行なのですから。相手の出方を伺って、タイミングを逃してしまい、気まずい思いをしてしまったこともありますが、こちらから積極的に、の思いで、気持ちのいい挨拶ができるようになりたいですね。「○○さん、おはようございます!」と名前を呼びかけてから挨拶するのも、相手に届く挨拶をするポイントです。


そして、アイコンタクトを忘れずに。優しい温かい眼差しは「眼施」という施しの行いであると、お釈迦さまは勧めておられます。挨拶をするときは、おじぎをしますが、会ったとたんに頭を下げるのではなく、まず、相手の目を見ながら挨拶を述べ、ことばの終わりからおじぎをするようにします。頭を上げたら、もう一度相手の目を見ます。このとき、目が合わないと、少し寂しい感じがします。だからアイコンタクトがとっても大切です。

いつも大切だと言われる挨拶、「和顔愛語」。毎日続けて、いい挨拶を続けることは簡単ではないけれど、少しでもよい挨拶ができるようになりたいです。


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みなしごサーヤの和顔愛語☆

土曜日 7月 10, 2010

にっこり笑うと、気持ちが和らいで、周囲の人の心も明るくなりますね。優しい笑顔を和顔、優しい言葉を愛語といわれ、仏教で「和顔愛語」は、人に幸せを施す素晴らしい善行だと教えられています。「和顔愛語」について今月は、今から2600年前、お釈迦さまご在世中の、みなしごサーヤのお話を紹介しましょう。

少女サーヤは幼くして両親と死別、給孤独長者の屋敷に引き取られて働いていた。ある日、母なき寂しさに襲われ、一人泣いていた時、僧侶と出会い、サーヤはお釈迦さまの説法を聞きに行くようになった。

ある日夕食を終えた長者が、庭を散歩していると、サーヤが大きな桶を持ってやってくる。そして、「ほら、ご飯だよ。ゆっくりおあがり。ほらお茶だよ……」と話しかけながら、桶の水を草にかけ始めたのである。
長者は、サーヤを呼んで訳を聞いてみると、
「はい、お茶碗を洗った水を、草や虫たちに施しておりました」
「そうだったのか。だが〝施す〟などという難しい言葉を、誰に教わったのかね」
「はい、お釈迦さまです。毎日、少しでも善いことをするように心掛けなさい、と教えていただきました。善の中でも、一番大切なのは『布施』だそうです。貧しい人や困っている人を助けるためにお金や物を施したり、お釈迦さまの教えを多くの人に伝えるために努力したりすることをいいます。私は、何も持っていませんから、ご飯粒のついたお茶碗をよく洗って、せめてその水を草や虫たちにやろうと思ったのです」
感動した長者は、釈尊のご説法の日には、朝からでかけてよいと許しを出した。

数日後、長者は、サーヤが急に明るくなったことに気づいた。いつも楽しそうに働いている。長者が、「サーヤ、いつもニコニコしているね。何か、うれしいことがあったのかい」と尋ねると、「はい! 私のように、お金や財産がまったくない人でも、思いやりの心さえあれば、七つの施しができると、お釈迦さまは教えてくださいました。私にもできる布施があったと分かって、うれしくて……。私には、二番めの『和顔悦色施』ができそうなので、一生懸命に、優しい笑顔で接するように努力しているのです。暗く悲しそうな顔をすると、周りの人もつらくなるし、自分も惨めな気持ちになります。苦しくてもにっこり笑うと、気持ちが和らいできます。周囲の人の心も明るくなります。いつもニコニコしようと決心したら、親がいないことや、つらいなと思っていたことが、だんだんつらくなくなってきました。泣きたい時も、にっこり笑ってみると、気持ちが落ち着いて泣かなくなるんです」
黙って聞いていた長者は、胸が熱くなり、ともに聞法するようになった、といわれています。

人生苦なりで、苦難の波に溺れ、いつのまにか、苦虫つぶしたような顔になってはいないだろうか。同じ苦難の人生歩むなら、キラリ笑顔!和顔愛語で乗り切りたいものです。愛嬌たっぷり 会釈を惜しまぬようにしよう。自戒をこめて。


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心あたたまる一言~和顔愛語~

土曜日 6月 26, 2010

和顔愛語とは、和顔悦色施と言辞施を組み合わせた言葉。和顔悦色施とは、優しい微笑みを湛えた笑顔で人に接すること。言辞施とは、優しい言葉をかけるよう努めること。これらは、よい行いだから実行しなさいと、お釈迦さまが教えられている無財の七施にあげられているものです。今日はその言辞施について、お話しましょう。

口から出る一言、それが相手に優しさや喜び、元気と勇気を与えることもあれば、反対に悲しみや不快感を与え、やる気をそぐようなこともあります。ある日のこと、決して手間隙かけたものではなかったけれど、忙しい時間をさいて調理して、夕飯を振舞ったことがありました。その方は並べられたお皿を見るや、「わぁ!! おいしそう!」。一口お味噌汁を飲んで、「お味噌汁、おいしい!」、煮物を口にふくんで、「これもいい味!」と言ってくださったのです。お世辞だったのかもしれませんが、喜びを表現してくれ、「作ってよかった」と正直そう思いました。別の人に振舞ったこともありますが、ある人は、だまーって、何の感想もない。おいしいのか、まずかったのか、塩加減はどうだったのか分からず、寂しく感じたこともありました。

人間の口というのは難しいものです。口数が多いとうるさがられ、「あなたはいつも一言多い」となる。その一言が、人を傷つけることもあります。反対に、寡黙になって、言うべきことも言わなくなってしまうと、関係がギクシャクしてしまう。適切な言葉を、適切なTPOで発することができたら、どんなに人間関係が円滑に回ることでしょう。何か言葉を発するならば、相手が幸せになる言葉、心あたたまる言葉(和顔愛語)を使いたいですね。


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こどもの「和顔愛語」に学ぶ

月曜日 5月 10, 2010

母の日を前に、先日母に電話をしたら、甥っ子の話になりました。(母にとっては孫です)。もうすぐ1歳になる甥は、ハイハイするようになり、あらゆるものを手にしては口に入れるそう。「もう目が離せなくて大変なの。でもね、よく笑うのよ。人の顔見て笑うの。だから笑い返すと、キャーキャー喜んでまた笑うの」と。笑い合っている姿が目に浮かび、なんだか心がほんわかしました。「呼べば呼ぶ 呼ばねば呼ばぬ 山彦ぞ まず笑顔せよ みな笑顔する」といわれますが、子供の笑顔に、自然とこちらも笑顔になる。子供からたくさんの幸せをもらっているのかもしれませんね。笑顔(和顔愛語)の大切さをあらためて感じました。



また、親鸞会の友達から、こんな話も聞きました。彼女は2歳の女の子のお母さん。大人のあいだで行き違いがあり、ちょっとした言い合いになったそうなんです。すると、その場にいた子供が、空気を敏感に察知して、トコトコと2人のあいだに入ってきて、「にこーっ にこーっ」と笑顔を見せるのだと。「それはまるで、『まぁまぁ、まぁまぁ、そんなぶつかり合わないで』となだめるような感じなの」と、友達は言っていました。「子供の笑顔は、忘れていた大事なことを、思い出させてくれる」と。




笑顔にもいろいろありますが、赤ちゃんや子供の笑顔がいちばん好き、という人もあります。純粋無垢な心が、その笑顔に表れているからでしょうか。心からの美しい笑顔こそ正に人生の花。純粋無垢な笑顔は、人生の苦労を忘れさせ、生きがいさえも感じさせる。周囲全体を和ませて、とげとげしい対人関係をスムーズにするといわれます。心からの美しい和顔愛語に努めていきたいものです。





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